図書館の深層。
 迷宮の構造はさらに複雑さを増し、進行ルートは目の前で三つに枝分かれしていた。

 宗一郎が真っ先にマップを確認し、眉をひそめた。
 「……一番奥に近いのは、こっちの細道だな。最短ルート、だけど──」
 彼の言葉を、誠が重ねる。
 「危険度は“最大”って、データにある。崩壊の恐れあり、戻れないかも」

 ざわつく空気。
 だが宗一郎は迷いなく、その最短ルートを指さした。
 「でも、一刻を争うんだろ? 俺が行けばいい。みんなは安全な回り道を通って」

 陽斗が首を横に振る。
 「それじゃ意味がない。誰か一人が犠牲になる進み方は、もう終わりにしよう」

 宗一郎の肩に、にこがそっと手を置く。
 「危険を避けるって、別に逃げることじゃないよ。“選んで残る”っていう勇気もある」

 宗一郎はしばらく口をつぐみ、そして静かに笑った。
 「……昔の俺だったら突っ走ってたな。“要領よく先にゴールすれば、それでいい”って思ってた」

 傍らで健司が頷く。
 「でも、今の宗一郎は違う。“皆と行く”って決めてる顔だ」

 彼は最後に地図を折りたたみ、背中にしまった。
 「じゃあ、遠回りの道を行こう。回り道でも、全員で行けるなら──それが“最短”だ」

 小さく歓声が上がる。
 全員が歩き出すと、細道は音もなく崩れ落ち、粉塵が舞い上がった。

 振り返らずに進む宗一郎の背は、今までよりも大きく、どこか優しかった。

 「……これでよかったんだよな、父さん」
 誰にも聞こえない声で呟いた宗一郎は、かつて尊敬していたが、自分を追い詰めた父の姿をふと思い出していた。

 ――早く、正確に、効率よく。それが成功者の道だ。
 幼いころから教え込まれてきた信念は、迷路のように彼の中で絡まり続けていた。

 「でも、効率よりも大事なものがあるって……この旅で知ったからさ」
 彼のつぶやきを、にこは後ろから聞き取ったように振り返り、微笑んだ。
 「うん、知ってる。宗一郎の“最短”は、今、一番あたたかい道になってる」

 陽斗が仲間たちのペースに目を配りながら、そっと後方の誠に囁いた。
 「ねぇ、“最短じゃない道”って、案外……一番早く“心”に届くのかもな」

 誠は無言で頷きながら、小さな端末を掲げ、次のルート確認に入った。

 こうして選ばれた“遠回りの道”は、思いがけず安定していて、崩落の兆候もない。
 まるで、この決断を祝福するかのように、壁の装飾が虹色にきらめいていた。

 誰もが、宗一郎の背を追いながら、それぞれの中で何かを変え始めていた。
 そしてそれは、後に“全員で生還する鍵だった”と記録されることになる。