開かれた扉の向こうは、まるで劇場のようだった。
 半球形のホールの壁面には、無数の鏡が埋め込まれ、中央には舞台のように円形の床が浮かんでいる。
 永遠が、その中心に導かれるように足を踏み入れた。

 「ここ、なんかやだな……」
 彼は小さく呟き、ふっと笑ってごまかす。
 その笑みは、いつも通りの毒舌混じりの皮肉を含んだもの……のはずだった。

 だが、彼の声に反応したかのように、周囲の鏡に映る“自分”たちが微かに揺らぎ始めた。
 その揺れはすぐに像を変え、次々に“永遠”の過去の姿を映し出す。

 「げ……マジかよ。おい、やめろって」
 そこに映ったのは、小学校の発表会で緊張のあまり泣き出した自分。
 中学で告白してフラれた直後に、わざと「バーカバーカ」と叫んだ自分。
 大学で失敗をごまかすために仲間を貶めた“素知らぬ顔”の自分。

 「……そんなの、ただの演技だろ。全部、しょうがなかったことなんだよ」
 永遠の声は震えていた。
 だが鏡の中の“彼”は、まるでそれを嘲笑うように、ひとりでに口を開いた。

 「なあ、お前、それで本当に“守れた”と思ってんの?」
 その言葉が、彼の心を突き刺す。
 虚勢は、いつしか鎧ではなく檻になっていた。

 ふと、足元が軋んだ。
 舞台床の円盤が、亀裂を帯び始めていた。

 「くそ……このままだと、オレ……!」

 「永遠ッ!! 戻れ!!」
 響いたのは、健司の怒鳴り声だった。
 続いて、陽斗が駆け寄ろうとするが、ホール中央と外周の間には透明な壁が降りており、彼の手は届かない。

 永遠は、がたつく足元の上で膝をつき、頭を抱えていた。
 鏡に囲まれた舞台の中心。嘲笑の影が、何度も何度も彼に問いかける。

 「で? 結局お前、誰にどう思われたくてそうやってたの?」
 「……誰にも、だよ……オレは、最初から一人でやってた……」
 「じゃあ、なぜ今こんなに苦しい?」

 自問のようで、自答にならない声が漏れる。
 そこへ、別の声が重なった。

 「……バカ!」
 叫んだのは千紘だった。
 彼女は全身で壁を叩きながら、顔をぐしゃぐしゃにして怒鳴る。

 「いつも人を笑わせて、あんたが自分を笑わせてないことくらい、みんな気づいてるんだよ!」

 その声に、陽斗も続く。
 「永遠、お前がふざけてるとき、俺は安心してた。
  “この人は冗談を言える余裕がある”って。……だから頼れたんだよ!」

 壁越しに差し出される、まっすぐな視線。
 永遠は、震えながら立ち上がった。

 「……はあ……マジで、やめてくれよな……」
 顔を覆っていた手を下ろすと、そこには初めて見る“素顔”があった。
 憎まれ口も、皮肉も、もうなかった。ただ、涙があった。

 「……ごめん。ずっと、強がってただけだ。ホントは……怖かった」

 その瞬間、舞台を囲む鏡が一斉に砕け散った。
 透明な壁が消え、仲間たちが駆け寄る。

 「よう、泣き虫」
 健司がにやりと笑いながら手を差し出した。
 「……うるせーよ」
 永遠はその手を取り、ぐしゃりと笑った。