迷宮の最深層、重厚な扉の前に立ったライランは、目を伏せて小さく息を吐いた。
 天井から吊るされた剣のようなオブジェクトが、ゆっくりと回転している。金属質の光が床に幾何学模様を刻み、その中心に、古びた台座が待っていた。

 「これは……契約の場か」
 かつて自国で交わされた盟約書の封印と酷似していることに、彼はすぐ気づいた。
 だが、それは書面ではなく、“記憶”の形で再現されていた。

 彼が手を伸ばすと、空間にざらりと映像が走った。
 幼き日のライラン、少年期の盟友たち、そして……一枚の破られた契約書。

 ――『おまえは、誠実すぎる。裏切られる前に、切れ』
 ――『守ることに意味はあるのか?』

 かつて交わした“約束”は、国家の都合で一方的に破棄された。
 誠実であろうとしたライランは、その代償として信頼も祖国も失った。

 「……誓いが裏切られても、誓ったこと自体を否定しちゃいけない」
 彼は、右手を剣の台座に添えた。
 すると、天井の剣が一際鋭く輝き、彼の手元に形を変えて降りてきた。

 それは、“契約の剣”。
 意志を示す者の手に応じて、重さを変えるという試練の剣。

 ライランは振り返った。仲間たちの顔を見つめ、一人ひとりにゆっくり頷いた。
 「もう一度、信じる。自分の選んだ仲間を」

 そして、剣を構え、封印の扉に向かって真っ直ぐに歩き出した。

 剣先が封印の中心に触れた瞬間、鈍い金属音とともに空間が震えた。
 扉に彫り込まれていた文様が淡い光を放ち、その文様がひとつ、またひとつと解けていく。

 「信頼は、裏切りの対価を恐れてはいけないものなんだ」
 ライランの独白が、静かな空間に響く。

 その声に応えるように、天井からふわりと光の粒が舞い降りてきた。
 かつて交わされた約束の“真意”――たとえ破られても、心に宿ったそれは嘘ではなかったことを証明するように。

 彼の背後に、仲間たちが一歩ずつ近づいてくる。
 「ライラン、すごいな……おれ、まだ誰かを信じるってことが怖いのに」
 と陽斗が呟き、千紘が頷く。
 「でも、それでも前に出た。あなたの勇気が、今この場所を開いたのよ」

 やがて、重々しい音とともに封印の扉が開く。
 そこには、澄みきった白光が満ちた空間があった――“共鳴の間”へと続く道だ。

 ライランは剣を下ろし、静かに頷いた。
 「これは武器じゃない。これは、心に立てた杭。もう、誰にも揺らがない」

 かつて“誠実すぎる”と嘲笑された青年は今、信じる力で仲間の前を照らしていた。