通路の先、空間は急激に狭まり、隊列は自然と一列になる。
 重苦しい沈黙のなか、実咲はずっと最後尾を歩いていた。彼女の視線は床の幾何学模様を追っているが、何も見ていないような虚ろさを帯びている。

 やがて、眼前に扉が現れた。
 金属とガラスで構成されたそれは、鍵も取手もなく、代わりに“選択の表示盤”が中央に浮かんでいた。
 「またか……今度は誰の選択だ?」
 宗一郎が苦笑混じりに言う。

 表示盤がゆっくりと変化し、そこに浮かんだのは──実咲の名前。
 全員が振り返る。
 「実咲さん……あなたが“選ぶ”番みたいだ」

 だが、彼女は首を横に振った。
 「無理……私には判断できない。誰か、代わって」

 かすかな戸惑いが空気を濁す。
 沙也加が静かに問いかける。
 「なぜ?」
 実咲は肩を抱くように腕を組み、答えを探すように言葉を選んだ。
 「私はずっと……誰かが決めた後ろにいれば、何も壊さずに済むと思ってた。自分で選ばなければ、誰も責めないし、責められない」

 その言葉に、健司の表情がわずかに揺れる。
 「でも……今は違うだろ。ここまで一緒に来たってことは、“お前の選択”も、俺たちは背負うつもりでいる」

 陽斗が歩み出て、扉の前に立つ実咲の隣に並ぶ。
 「怖いのはわかる。けど、何もしないで後悔するよりは──たとえ間違っても、自分で選んだって言える方が、きっと前に進める」

 実咲の目が、大きく見開かれる。
 だがその奥で、小さく、何かが砕けたような気配がした。
 彼女は唇を噛み、震える手で表示盤へ指を伸ばす。

 表示盤に触れると、即座に二つの選択肢が現れた。
 一つは「保守」──現在の道を固定し、安全だが遠回りな通路を進む。
 もう一つは「転換」──不確かながらも、進路が開ける可能性を秘めた新たなルート。

 「……どっちも、責任が重いのに、確実じゃない」
 実咲は静かに呟いた。これまでは、こうした状況で迷わず他人に委ねてきた。だが今、全員の視線が、彼女だけに向けられている。そこには非難も強制もない。ただ、信じているという空気だけがあった。

 彼女は大きく息を吸い込んだ。
 そして、自分の胸に問いかける。
 ──私は、いつまで“代わりの誰か”を望んでいるの?

 「……転換、を選びます」
 その言葉と同時に、表示盤が明るく点滅し、扉が音もなく開いた。
 奥には、やや不安定に揺れる透明な橋があった。進むのが難しそうな構造だ。だが、確かに道は拓かれている。

 実咲が一歩、足を踏み出す。
 後ろから続く足音──誰も彼女を追い越さない。誰も先頭を奪わない。
 陽斗が穏やかに言った。
 「選んでくれて、ありがとう」

 その言葉に、実咲は小さく微笑んだ。
 「……怖いまま、進んでもいいんだね」

 にこがうなずいた。
 「みんなそうだよ。怖くない人なんて、ここにはいない」

 道は細く、風に揺れる。けれど実咲の歩みは、これまでよりほんの少しだけ、前を向いていた。
 そして、扉の向こうには──またひとつ、心の奥を映す投影が待っていた。