無音の空間を越えた一行は、再び開けたホールにたどり着いた。そこは、天井も床も一面に数式が刻まれた空間。壁の奥深くに埋め込まれた幾何学的な構造体が、淡い光を反射していた。
健司は、その空間を見渡した瞬間に足を止めた。
「……これ、ただの飾りじゃない。演算処理を空間全体で行ってる」
沙也加が即座にタブレットを取り出し、壁の数式をスキャンする。
「でも解釈が揺れてる。演算ルートが何通りも分岐していて、どれが“正解”かが出せないの」
中央に立つ半球体の演算端末。その表面には無数のパネルが配置されており、それぞれが異なる“過去の選択肢”を意味しているようだった。
「選ぶしかないのか」
宗一郎が呟き、パネルに手を伸ばしかける。
「待て」
健司が制するように声を上げた。
「ここは……感情を入れちゃいけない。数式は、冷静に、理屈で選ばなきゃ」
そう言いながら、彼は一つ一つのパネルに刻まれた数式を読み解いていく。
しかし、視界の端に、唐突に“別の映像”が浮かんだ。
──それは、健司の過去。
研究室の風景、白衣を着たまま、泣きながら演算を続けていた自分。
失敗を認めたくなくて、結果を“調整”してしまった、かつての自分。
「……やめてくれ……」
健司の声が震える。
その瞬間、彼の手元が狂った。
パネルが一つ、誤った順列で押し込まれる──
音を立てて、壁の一部が崩れ始めた。
崩落は瞬時に広がり、上部の構造体が軋む音を立てる。
「健司! 逃げろ!」
陽斗が走り寄る。
千紘が手を引こうとするが、健司はその手を振り払った。
「……違う、まだ戻せる。俺の数式が間違っていたなら、俺がやり直す」
健司は崩れかけた床の前に立ち、震える手で再び数式パネルに向き合った。
「一度失敗したくらいで、誰かを巻き込んでたまるかよ……!」
彼の目が、壁一面に散らばる数式をすべて視界に収める。過去の失敗も、感情も、嘘も──今だけは全て“正面から”見る覚悟で。
指先が、再びパネルを押す。
光が弾けた。
崩れかけた空間が、まるで逆再生するように元の形を取り戻していく。
にこが小さく呟く。
「戻った……健司くん、やり直せたんだ……」
「全部、俺が引き受けるって言っておきながら……結局、自分の感情で手を滑らせて……」
健司は膝をつき、ゆっくりと頭を下げる。頬には、悔しさとも安堵ともつかぬ涙がひと筋、落ちていた。
千紘がそっと隣に座り、彼の背を撫でる。
「間違えたら、直せばいい。そうやって進むって、ずっと言ってたよね。健司くんのやり方、今ここに全部出てたよ」
陽斗が手を差し出した。
「助かったのは、お前が踏みとどまったからだ。堂々と胸張って、先に進もう」
健司は顔を上げ、誰にも向けずに言った。
「……次は絶対に、冷静でいる。俺の計算じゃなく、俺自身を、信じてみる」
一行は再び歩き出す。
空間の奥で、ゆっくりと次の扉が開いた。
その先には、さらなる“心の投影”が待っていることを、まだ誰も知らなかった。
健司は、その空間を見渡した瞬間に足を止めた。
「……これ、ただの飾りじゃない。演算処理を空間全体で行ってる」
沙也加が即座にタブレットを取り出し、壁の数式をスキャンする。
「でも解釈が揺れてる。演算ルートが何通りも分岐していて、どれが“正解”かが出せないの」
中央に立つ半球体の演算端末。その表面には無数のパネルが配置されており、それぞれが異なる“過去の選択肢”を意味しているようだった。
「選ぶしかないのか」
宗一郎が呟き、パネルに手を伸ばしかける。
「待て」
健司が制するように声を上げた。
「ここは……感情を入れちゃいけない。数式は、冷静に、理屈で選ばなきゃ」
そう言いながら、彼は一つ一つのパネルに刻まれた数式を読み解いていく。
しかし、視界の端に、唐突に“別の映像”が浮かんだ。
──それは、健司の過去。
研究室の風景、白衣を着たまま、泣きながら演算を続けていた自分。
失敗を認めたくなくて、結果を“調整”してしまった、かつての自分。
「……やめてくれ……」
健司の声が震える。
その瞬間、彼の手元が狂った。
パネルが一つ、誤った順列で押し込まれる──
音を立てて、壁の一部が崩れ始めた。
崩落は瞬時に広がり、上部の構造体が軋む音を立てる。
「健司! 逃げろ!」
陽斗が走り寄る。
千紘が手を引こうとするが、健司はその手を振り払った。
「……違う、まだ戻せる。俺の数式が間違っていたなら、俺がやり直す」
健司は崩れかけた床の前に立ち、震える手で再び数式パネルに向き合った。
「一度失敗したくらいで、誰かを巻き込んでたまるかよ……!」
彼の目が、壁一面に散らばる数式をすべて視界に収める。過去の失敗も、感情も、嘘も──今だけは全て“正面から”見る覚悟で。
指先が、再びパネルを押す。
光が弾けた。
崩れかけた空間が、まるで逆再生するように元の形を取り戻していく。
にこが小さく呟く。
「戻った……健司くん、やり直せたんだ……」
「全部、俺が引き受けるって言っておきながら……結局、自分の感情で手を滑らせて……」
健司は膝をつき、ゆっくりと頭を下げる。頬には、悔しさとも安堵ともつかぬ涙がひと筋、落ちていた。
千紘がそっと隣に座り、彼の背を撫でる。
「間違えたら、直せばいい。そうやって進むって、ずっと言ってたよね。健司くんのやり方、今ここに全部出てたよ」
陽斗が手を差し出した。
「助かったのは、お前が踏みとどまったからだ。堂々と胸張って、先に進もう」
健司は顔を上げ、誰にも向けずに言った。
「……次は絶対に、冷静でいる。俺の計算じゃなく、俺自身を、信じてみる」
一行は再び歩き出す。
空間の奥で、ゆっくりと次の扉が開いた。
その先には、さらなる“心の投影”が待っていることを、まだ誰も知らなかった。



