迷宮の中央、円形の大広間。
足元にはガラスの床が敷き詰められ、その下に巨大な水晶構造が透けて見えた。
壁面は静かに脈動し、誰かの呼吸のようなリズムを刻んでいる。
「……ここが、“共鳴の間”の手前ってことか」
陽斗の声が反響し、空間を満たす。
まるで、音そのものが空間に染み込んでいくようだった。
そのときだった。
床の水晶が突如光を放ち、周囲の壁一面に巨大な映像が映し出された。
それは──彼ら自身の“後悔”の記憶だった。
「なっ……!」
にこが顔を引きつらせ、視線を逸らす。
絢香が口元を押さえ、誠が言葉を失って動けなくなる。
──奏太の父の研究ノートを前に、引き裂かれた家族の姿。
──にこの、嘘がつけず誰かを傷つけてしまった記憶。
──実咲が決断を他人に押しつけた事故現場の映像。
──永遠が、笑いながら孤独に涙を隠す姿。
──健司が、感情を押し殺して“冷静”を演じた葬式の場面。
全員分の“過去”が、パノラマのように連続して映し出される。
「……見せる意味は、なんだよ……!」
宗一郎が苛立ち混じりに叫ぶ。
が、答える声はない。代わりに、水晶が低く震え、波動が彼らの胸に響く。
《“理解せよ。他者を。他者である自分を”》
音ではない、意識に直接流れ込む言葉。
それは、“島”そのものが語りかけているようだった。
映像は止まらない。
ライランの“破られた盟約書”が燃える映像。
沙也加が“間違いのない計算”に固執し、全てを失った決定的瞬間。
マリアが一人、基地の端末に囲まれながら祝福も共感も得られず任務を完遂する姿。
「こんなもの……俺たちにどうしろってんだ……!」
宗一郎の拳が壁を叩く。
だが、壁は彼の怒りを受け流すように淡く光るだけだった。
奏太は、他の誰よりも静かだった。
映し出される自分の過去を、ただ無言で受け止めていた。
父の研究室、煙の中で燃えるデータの山──手を伸ばしたあの瞬間、助けられたはずの父を見捨てたという後悔。
「……これが“群体生物の記憶”だとしたら、俺たちが踏み込んだ場所は……ただの迷宮じゃない」
奏太の言葉に、にこが震える声で続いた。
「……これって、島が……私たちに、“共鳴”してる?」
そう。
この空間は、後悔や願いといった人の“心の残響”を集めて増幅する場所。
映像は、単なる記録ではなかった。
それは──心の“歪み”そのものだった。
「つまり、ここでは……隠しきれない。
“俺たちの中の他者”が、勝手に流れ込んで……混じり合ってる」
ライランの言葉に、実咲が黙ってうなずく。
「だったら……怖いのも、当たり前か」
彼女の頬を、一筋の涙が流れる。
判断を誰かに委ねて、逃げてきた自分の姿が、何度も何度も流れている。
けれど今、他の誰かの“痛み”が、同じように胸に響いていた。
「……嫌だった。でも。
見てくれて、ありがとうって、今は……そう思う」
実咲がそっと目を閉じた瞬間、壁面の映像が一つ──ふっと消えた。
「……あれ?」
にこが目を見開く。
それに続くように、ライランの過去映像も、沙也加の後悔も、少しずつ消えていく。
共鳴の波動が収束を始めたのだ。
「……“認めた”からだ」
誠がぽつりと呟いた。
「誰かに見られて、怖かった。でもそれを認めたから──島も、黙った」
その瞬間、全員が理解した。
ここでは、“心の奥底”をさらけ出すことで、ようやく“進む資格”を得られる。
床の水晶が一斉に光を放ち、次なる扉が開いた。
それは、まだ解かれぬ“共鳴の真実”へと続く、最後の回廊だった。
(第30章 完)
足元にはガラスの床が敷き詰められ、その下に巨大な水晶構造が透けて見えた。
壁面は静かに脈動し、誰かの呼吸のようなリズムを刻んでいる。
「……ここが、“共鳴の間”の手前ってことか」
陽斗の声が反響し、空間を満たす。
まるで、音そのものが空間に染み込んでいくようだった。
そのときだった。
床の水晶が突如光を放ち、周囲の壁一面に巨大な映像が映し出された。
それは──彼ら自身の“後悔”の記憶だった。
「なっ……!」
にこが顔を引きつらせ、視線を逸らす。
絢香が口元を押さえ、誠が言葉を失って動けなくなる。
──奏太の父の研究ノートを前に、引き裂かれた家族の姿。
──にこの、嘘がつけず誰かを傷つけてしまった記憶。
──実咲が決断を他人に押しつけた事故現場の映像。
──永遠が、笑いながら孤独に涙を隠す姿。
──健司が、感情を押し殺して“冷静”を演じた葬式の場面。
全員分の“過去”が、パノラマのように連続して映し出される。
「……見せる意味は、なんだよ……!」
宗一郎が苛立ち混じりに叫ぶ。
が、答える声はない。代わりに、水晶が低く震え、波動が彼らの胸に響く。
《“理解せよ。他者を。他者である自分を”》
音ではない、意識に直接流れ込む言葉。
それは、“島”そのものが語りかけているようだった。
映像は止まらない。
ライランの“破られた盟約書”が燃える映像。
沙也加が“間違いのない計算”に固執し、全てを失った決定的瞬間。
マリアが一人、基地の端末に囲まれながら祝福も共感も得られず任務を完遂する姿。
「こんなもの……俺たちにどうしろってんだ……!」
宗一郎の拳が壁を叩く。
だが、壁は彼の怒りを受け流すように淡く光るだけだった。
奏太は、他の誰よりも静かだった。
映し出される自分の過去を、ただ無言で受け止めていた。
父の研究室、煙の中で燃えるデータの山──手を伸ばしたあの瞬間、助けられたはずの父を見捨てたという後悔。
「……これが“群体生物の記憶”だとしたら、俺たちが踏み込んだ場所は……ただの迷宮じゃない」
奏太の言葉に、にこが震える声で続いた。
「……これって、島が……私たちに、“共鳴”してる?」
そう。
この空間は、後悔や願いといった人の“心の残響”を集めて増幅する場所。
映像は、単なる記録ではなかった。
それは──心の“歪み”そのものだった。
「つまり、ここでは……隠しきれない。
“俺たちの中の他者”が、勝手に流れ込んで……混じり合ってる」
ライランの言葉に、実咲が黙ってうなずく。
「だったら……怖いのも、当たり前か」
彼女の頬を、一筋の涙が流れる。
判断を誰かに委ねて、逃げてきた自分の姿が、何度も何度も流れている。
けれど今、他の誰かの“痛み”が、同じように胸に響いていた。
「……嫌だった。でも。
見てくれて、ありがとうって、今は……そう思う」
実咲がそっと目を閉じた瞬間、壁面の映像が一つ──ふっと消えた。
「……あれ?」
にこが目を見開く。
それに続くように、ライランの過去映像も、沙也加の後悔も、少しずつ消えていく。
共鳴の波動が収束を始めたのだ。
「……“認めた”からだ」
誠がぽつりと呟いた。
「誰かに見られて、怖かった。でもそれを認めたから──島も、黙った」
その瞬間、全員が理解した。
ここでは、“心の奥底”をさらけ出すことで、ようやく“進む資格”を得られる。
床の水晶が一斉に光を放ち、次なる扉が開いた。
それは、まだ解かれぬ“共鳴の真実”へと続く、最後の回廊だった。
(第30章 完)



