入り組んだ迷宮の一角に、巨大な円形ホールがあった。
天井から射し込む光は柔らかく、床には無数のルートが交差していた。
正面には石板が立っており、こう記されていた。
──「一番短い道を選べ。ただし、最も重い荷を背負え」
宗一郎はそれを読み、ニヤッと笑った。
「重い荷は、筋トレだと思えばいい。……で、一番短い道ね。よし、得意分野だ」
床の模様は、まるで巨大なパズル。
足元のプレートは踏むたびに軋み、方向に応じて色が変わる。
“青”は遠回り、
“赤”は直進、
“黒”は……足元が崩れる“リスクゾーン”。
宗一郎は慎重に数歩を踏み、ルートを見定めながら独り言をつぶやいた。
「こっちは遠回り。こっちは……赤、赤、黒、赤。三歩でゴール、でもリスクあり。
あー、これ、正攻法じゃないな。でも……行けるっしょ」
そう言って、黒いプレートに足を踏み出す。
が──
直後、周囲が暗転した。
床が抜けたわけではない。ただ、あたり一面が白く染まり、音が消えた。
浮かび上がったのは過去の映像。
高校時代、文化祭のステージ発表。
宗一郎はリーダーだったが、本番直前に音響データの保存ミスが発覚した。
──彼は、後輩のせいにした。
──自分のチェックミスだと知りながら、場を“やり過ごす”ことを選んだ。
それは、要領の良さで切り抜けた、最悪の逃げ道だった。
「……思い出させんなよ……」
宗一郎は苦笑しながら呟いたが、その声はかすかに震えていた。
「……本当はさ、俺のせいだったよ。
あの後輩、学校辞めたって聞いて、俺、何もできなかった。
謝るのが怖かった。もう……謝れなくなってた」
映像が消え、再びホールに光が差し込む。
足元の“赤ルート”がすべて崩れ去り、代わりに“青”の遠回りの道だけが残された。
「……あーあ。そう来るかよ」
宗一郎は頭を掻いて、ゆっくり歩き出す。
「わかったよ。
最短ルートってのは、後悔から逃げる道じゃないってことだな」
迷宮の青い石畳は、やけに遠回りだった。
曲がり角をいくつも経て、戻るような階段もあった。
けれど、宗一郎はもう焦ってはいなかった。
「誰かのせいにするのも、
逃げ道を探すのも、俺の癖だったんだな。
でもさ──それで何も解決しねぇって、もうわかったよ」
足音は、ひとつひとつ静かに、確実に響いていく。
その背中は、今までの“軽さ”とは違う何かを纏っていた。
やがて、長い通路の果てに光が差す。
宗一郎が最後の一歩を踏み出した瞬間、後方で崩れかけていた“赤いルート”が音を立てて完全に崩壊した。
あのまま進んでいたら──きっと彼はここまでたどり着けなかった。
ショートカットは、真実から目を逸らすだけの罠だったのだ。
「……やっと、素直に謝れる気がする」
そう呟いた彼の手には、小さなメダリオンが握られていた。
そこには、あの文化祭のロゴが刻まれている。
後輩と作った唯一の“共同制作”だったもの。
「お前に直接謝れないならさ──
俺、自分の失敗、誰にも押しつけねぇ人間になるから。
そんでさ、どんな道でも、逃げねぇで歩いてくよ」
そのとき、迷宮の天井が高く開き、天光が降り注いだ。
まるで、それが“本当の捷径”を見つけたことへの祝福のように。
仲間たちの声が、遠くから聞こえる。
「宗一郎ー! 遅いぞー!」
「こっち! もう進めるよ!」
「へいへい、今行くって!」
彼は笑って手を振り、その足取りで最後の石段を駆け上がった。
逃げずに向き合うと決めたその背中に、まるで陽光が一本の道を描くようだった。
“捷径”──それは、遠回りの果てに見える“正しい道”だったのかもしれない。
(第27章 完)
天井から射し込む光は柔らかく、床には無数のルートが交差していた。
正面には石板が立っており、こう記されていた。
──「一番短い道を選べ。ただし、最も重い荷を背負え」
宗一郎はそれを読み、ニヤッと笑った。
「重い荷は、筋トレだと思えばいい。……で、一番短い道ね。よし、得意分野だ」
床の模様は、まるで巨大なパズル。
足元のプレートは踏むたびに軋み、方向に応じて色が変わる。
“青”は遠回り、
“赤”は直進、
“黒”は……足元が崩れる“リスクゾーン”。
宗一郎は慎重に数歩を踏み、ルートを見定めながら独り言をつぶやいた。
「こっちは遠回り。こっちは……赤、赤、黒、赤。三歩でゴール、でもリスクあり。
あー、これ、正攻法じゃないな。でも……行けるっしょ」
そう言って、黒いプレートに足を踏み出す。
が──
直後、周囲が暗転した。
床が抜けたわけではない。ただ、あたり一面が白く染まり、音が消えた。
浮かび上がったのは過去の映像。
高校時代、文化祭のステージ発表。
宗一郎はリーダーだったが、本番直前に音響データの保存ミスが発覚した。
──彼は、後輩のせいにした。
──自分のチェックミスだと知りながら、場を“やり過ごす”ことを選んだ。
それは、要領の良さで切り抜けた、最悪の逃げ道だった。
「……思い出させんなよ……」
宗一郎は苦笑しながら呟いたが、その声はかすかに震えていた。
「……本当はさ、俺のせいだったよ。
あの後輩、学校辞めたって聞いて、俺、何もできなかった。
謝るのが怖かった。もう……謝れなくなってた」
映像が消え、再びホールに光が差し込む。
足元の“赤ルート”がすべて崩れ去り、代わりに“青”の遠回りの道だけが残された。
「……あーあ。そう来るかよ」
宗一郎は頭を掻いて、ゆっくり歩き出す。
「わかったよ。
最短ルートってのは、後悔から逃げる道じゃないってことだな」
迷宮の青い石畳は、やけに遠回りだった。
曲がり角をいくつも経て、戻るような階段もあった。
けれど、宗一郎はもう焦ってはいなかった。
「誰かのせいにするのも、
逃げ道を探すのも、俺の癖だったんだな。
でもさ──それで何も解決しねぇって、もうわかったよ」
足音は、ひとつひとつ静かに、確実に響いていく。
その背中は、今までの“軽さ”とは違う何かを纏っていた。
やがて、長い通路の果てに光が差す。
宗一郎が最後の一歩を踏み出した瞬間、後方で崩れかけていた“赤いルート”が音を立てて完全に崩壊した。
あのまま進んでいたら──きっと彼はここまでたどり着けなかった。
ショートカットは、真実から目を逸らすだけの罠だったのだ。
「……やっと、素直に謝れる気がする」
そう呟いた彼の手には、小さなメダリオンが握られていた。
そこには、あの文化祭のロゴが刻まれている。
後輩と作った唯一の“共同制作”だったもの。
「お前に直接謝れないならさ──
俺、自分の失敗、誰にも押しつけねぇ人間になるから。
そんでさ、どんな道でも、逃げねぇで歩いてくよ」
そのとき、迷宮の天井が高く開き、天光が降り注いだ。
まるで、それが“本当の捷径”を見つけたことへの祝福のように。
仲間たちの声が、遠くから聞こえる。
「宗一郎ー! 遅いぞー!」
「こっち! もう進めるよ!」
「へいへい、今行くって!」
彼は笑って手を振り、その足取りで最後の石段を駆け上がった。
逃げずに向き合うと決めたその背中に、まるで陽光が一本の道を描くようだった。
“捷径”──それは、遠回りの果てに見える“正しい道”だったのかもしれない。
(第27章 完)



