永遠は、静かな回廊に一人立っていた。
 壁は鏡のように彼の姿を映し出し、足元は薄く水を湛えている。

 「やれやれ……また自分の内面とご対面ってか。気が利くな、この島は」
 軽口を叩いてみるが、返ってくるのは自分の声だけ。

 正面の鏡に、過去の自分が映った。
 中学時代──教室の片隅で、誰かの発言に鋭いツッコミを入れ、笑いを誘う少年。
 だがその笑顔の裏で、ひとり机に伏せていた休み時間の姿。

 ──「お前ってさ、空気読めないよね」
 ──「言い過ぎなんだよ。こっちは本気で困ってたのに」
 ──「なんであんな言い方しかできないの?」

 責める声。遠ざかる背中。
 誰もいなくなった後、机に突っ伏し、肩を震わせて泣いていた“自分”。

 永遠の表情が硬直する。
 「……ああ、クソ……見せんなよ……」

 彼は思わず背を向けた。
 だが、その先の壁にも同じ映像が映っていた。
 どこを向いても、あの“泣いている自分”からは逃れられない。

 「……だから俺は、ふざけてんだよ。
  真面目にやってると、全部重すぎて……潰れちまうからさ」

 言葉は誰にも届かない。
 だが、ふと背後から聞こえた気がした。

 ──「潰れても、俺らは離れないよ?」

 はっとして振り返ると、そこには映像ではない、“現在の”仲間たちの姿があった。
 ──陽斗。
 ──マリア。
 ──千紘。

 彼らはただ立っていた。
 何も言わず、何も責めず、ただ彼を見ていた。

 永遠は、視線を落とし、ゆっくりと呟いた。

 「……怖かったんだよ。
  嫌われるのも、信じて裏切られるのも。
  ……でも、本当は、独りが一番つらかった」

 言葉にした途端、それまで張りつめていた何かが、ぷつんと音を立てて切れた気がした。
 永遠はしゃがみこみ、ゆっくりと拳で顔を覆った。

 「……泣くのなんて、何年ぶりだよ……クソ……」

 涙は、溜め込んだ分だけ熱かった。
 過去の嘲笑も、自分でかけた仮面も、すべて押し流していくようだった。

 そんな彼に、陽斗がそっと膝をついて、肩を貸した。
 マリアは言葉もなく、彼の横に静かに立つ。
 千紘は涙ぐみながら、それでもにっこりと笑って言った。

 「うそつかないで泣けるって、かっこいいと思うけどな」

 永遠はようやく顔を上げた。目元は赤く腫れていたが、
 その口元には、ほんの少し、照れくさそうな笑みが浮かんでいた。

 「かっこいいとか……言うなよ……
  ……俺、かっこ悪いって思われるの、めちゃくちゃ怖かったくせに」

 鏡に映る彼の姿は、もう泣いていなかった。
 ただ、肩の力を抜いて、まっすぐに仲間たちを見ていた。

 その瞬間、壁の鏡に亀裂が入り、中央の扉が音もなく開いた。

 「……よし、行くか。泣き顔、忘れろよ。撮ってたらマジで許さねえ」
 「撮ってないってば。たぶん」
 「“たぶん”ってなんだよ、コラ」

 軽口を叩きながらも、永遠の歩みはどこか軽く、
 肩の奥から、見えない荷物が一つ、落ちたようだった。

 偽悪とは、自分を守るための嘘。
 だが、その嘘を脱ぎ捨てたとき、人は本当に誰かと“繋がれる”。

 永遠はようやく、そのことを、知ったのだった。

(第25章 完)