航海十日目、朝の作業会議。
 会議室には少し眠気の残る面々が集まり、モニターに表示された「積荷配置図」を見つめていた。
 「……重心ずれてますね。昨日の補給物資、港で急ぎすぎたかも」
 「うーん、このままじゃ横揺れの制御が厄介になりそう」
 「移し替え……ですか? 人手と時間、けっこう取られそうです」
 暗い空気が漂う中、椅子を反対向きにまたがって座った男が一人、手を挙げた。
 「はいはいはーい。じゃあ僕にやらせてくださーい」
 その男──朝永宗一郎は、明るく軽いノリでそう言い放った。

 薄く色の入ったメガネに、柔らかい笑顔。
 彼は物理学系の支援オペレータであり、同時に船内屈指の“人間GPS”だった。
 「これ、最短で再配置できますよ。動かすのは12パレット分。
  あとはこのAコンテナだけ45度回せば、重心センターちょうど」
 「マジで? シミュレーション見せて」
 「はいはーい、1分ください」

 彼はすばやくタブレットに指を走らせ、簡易重心計算を立ち上げる。
 数値の処理、角度の最適化、動線計画のプロット。
 その一連の動きは、まるでリズムゲームのように軽快だった。
 1分後、画面に現れたのは、重心移動の結果と所要時間──“29分32秒”。
 「これなら昼までに終わるし、誰も腰痛めない。どう?」

 全員が感嘆の声を上げる。
 「すご……」「なんでそんなにパパっと出せるの?」
 「頭の回転、早すぎない?」
 宗一郎は肩を竦め、にかっと笑う。
 「だって、遅いと怒られるじゃん。だから最初から早くやるのが正義。
  “楽にしてあげたい人”が多いほど、最短ルートを見つけたくなるんだよね」

 その言葉に、にこが少し驚いたように彼を見た。
 「……宗一郎さんって、もっと軽い人かと思ってました」
 「正解。でも、それだけじゃないよ。
  僕、“みんなが楽になるのを見るのが好き”ってだけ。あと、笑ってほしいから」

 そのとき初めて、彼の“要領の良さ”が、誰かのために“本気で編み出されたもの”なのだと気づいた。

 作業開始から30分後、船内の積荷配置はきれいに整っていた。
 フォークリフトの動線が詰まることもなく、機器のケーブルに引っかかる事故もない。
 それどころか、道幅が微妙に広がったことで後続作業がすべてスムーズに進んだ。
 「……本当に、29分32秒で終わったな」
 「なんかもう、気持ちいいレベルでスッキリしてる」
 「宗一郎くん、もしかして裏で船全体、3Dで覚えてない?」
 「え、今さら?」
 宗一郎はウィンクして見せた。

 「でもまあ、誰かが“すげえ”って言ってくれると、次も頑張りたくなるんだよね」
 その軽口は本音だった。
 彼にとって“要領よくやる”というのは、誰かの負担を減らすためのやさしさであり、
 同時に“認められたい”という、素直な気持ちの発露でもあった。

 作業後、食堂に集まった一同は、宗一郎の奢りでアイスキャンディを手にしていた。
 「ほんとは俺が冷凍庫の整理したかっただけなんだけどねー。
  ついでに褒められたら、まあ、悪くないよね?」
 皆が笑った。

 その夜、にこは日誌にこう書いた。
 「誰かの“遠慮のない軽さ”が、時に重い空気を救うこともある」
 宗一郎の最短経路は、ただのルートではなかった。
 それは、誰もが心のどこかで重ねていた“遠回りの疲れ”を、笑いながら引き受けてくれる道でもあった。

(第12章 完)