「とりあえず、片付けは明日にするとして。こんな部屋に住んでるくらいなら、ちゃんとしたご飯も食べてないでしょ? 俺、元々料理を作るつもりでいたから、材料買ってきたんだ。これから作るね」
「蓮君、料理できるの?」
「人並みにはね。俺、両親が離婚してるから、家事はなんでもやってたよ」
「そっか、そうだったよね」
その言葉を聞いて、ふと思い出す。蓮は女手一つで自分を育てる母親のために、いつも頑張っていたっけ。だから蓮は凪人と違って、しっかり者だった。
「じゃあ、いい子にして待っててね」
「うん」
鼻歌を口ずさみながらキッチンへと向かっていく蓮を、凪人は見送る。突然離れて行ってしまった温もりが寂しく思えた。こんなにも自分は人肌が恋しかったのだと思い知らされる。
「凪ちゃん、ご飯ができるまで部屋を少し片付けておいてよ」
「あ、うん。わかった」
「頼むね、今日から俺もここに住むから」
「は?」
ビニール袋の中に、ごみをまとめはじめていた凪人の手がふと止まる。
蓮は今、一体なんと言ったのだろうか。
「ここに来る前に、凪ちゃんの実家に寄ったんだけど……おじさんとおばさんが、凪ちゃんのことすごく心配してたんだよ。電話しても出てくれないし、出たら出たで様子がおかしいってさ」
「父さんと母さんが? 蓮君は父さんたちに会ったの?」
「うん。俺、もう一度凪ちゃんに会いたかったけど、凪ちゃんの連絡先を知らなかったから。だから、凪ちゃんの実家に出向いたんだよ。『息子さんを僕にください』って」
「え? 嘘だろ?」
「あははは! 息子さんをください、は嘘だけど。でも、おじさんたちが凪ちゃんをすごく心配してたから、俺に任せてほしいとは言ったよ」
玉ねぎを器用に切りながら、蓮がケラケラと笑う。でも決してふざけてなどいない。きっと蓮も自分のことを心配して、わざわざ今日訪ねてきてくれたのだ。それは痛いくらいに伝わってくる。
その優しさが、今の凪人には痛かった。
「だから俺がここに住んで、凪ちゃんの世話をしようと思って。ここから、俺が通う大学も案外近いんだ」
「でも、なにも一緒に住まなくても……」
正直、凪人は蓮と一緒に暮らすことには抵抗があった。それは蓮が嫌だから……とかではなく、こんな堕落した引き籠り生活を、彼に見られたくなかったからだ。
こんな情けない姿を見られたら、きっとガッカリされてしまうだろう。凪人には、それが耐えられなかった。
「蓮君、久しぶりに再会した幼馴染みが、こんなゴミだらけの部屋に住んでるなんて幻滅したでしょう?」
恐る恐る蓮に問いかける。「ガッカリした」と思われても仕方がない。
蓮は、凪人のことを初恋の相手だと言っていた。そんな淡い恋心を抱いている人物に、数年ぶりに会いに来たら、日の光も差し込まないような汚い部屋に住んでいた……なんて、さぞやガッカリしたことだろう。
大体、こんなにもイケメンに成長した蓮と自分が釣り合うはずなんてない。凪人は無意識にキュッと唇を噛み締めた。
「別に幻滅なんてしてないよ」
「え?」
「悪者に虐められて、どこかに閉じ込められてるお姫様なんて、大体こんなもんじゃない?」
「……お姫様?」
「そう、お姫様。だから全然気にしてなんかないよ」
自分がお姫様だなんて……考えただけで顔に熱が籠ってしまう。それでも、無邪気な笑顔を向ける蓮の言葉がすごく嬉しい。
「とにかく部屋を片付けてよ。このままじゃ、部屋にきのこが生えちゃうよ?」
キッチンでクスクス笑う、蓮の声が聞こえてきた。
「簡単なものしか作れなかったけど」
そう言いながら蓮が作ってくれたものは、シチューだった。シチューの優しい香りが、狭い部屋中に広がる。手作りのものを食べるのなんて、一体いつぶりだろうか? 目頭が熱くなるのを感じる。
こんな凪人だって、恋人がいたときはマメに部屋を掃除していたし、恋人の為に料理だって作っていた。そんなことを思い出すと、胸が締め付けられるように痛む。
「凪ちゃん、テーブルの上くらい片付いたかな?」
「うん。片付けられたよ」
「じゃあ、これ運んでもらえるかな?」
蓮はシチューの入った器を凪人へと手渡す。それを受け取った凪人はシチューの香りを思いきり吸い込んだ。
「まさか、シチューくらいでそんなに感動してもらえるなんて思わなかったよ」
「え? あ、ごめんね。手作りの料理なんて久し振りだったから感動しちゃって……」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
嬉しそうに笑う蓮がリビングに置かれている物を「よいしょ」と避けながら、テーブルの前に座る。二人が座れるくらいのスペースは片付けたが、まだ蓮の周りには本の山があるし、脱いだままの洋服が散乱している。本当に申し訳ないと思いながらも、蓮と向かい合う形で腰を下ろした。
「ごめんね、こんなんじゃ食事どころじゃないよね」
凪人が俯くと、蓮がびっくりしたように目を見開いてからにっこりと微笑んだ。
「大丈夫、気にしないで。俺、凪ちゃんとこんな風に食事ができるってだけで、すごく嬉しいんだからさ」
「蓮君……」
「じゃあ、食べようか?」
「うん。いただきます。……んん!」
「どう? 美味しい?」
「うん、すごく美味しい。俺、手作りのものなんて、本当に久しぶりに食べたよ」
「本当に? シチューくらいでこんなに喜んでもらえるなんて、凪ちゃんは可愛いなぁ。たくさんおかわりしてね」
「……うん」
嬉しそうに自分の頭を撫でてくれる蓮の笑顔に、凪人は救われた気がした。
◇◆◇◆
蓮が作ってくれたシチューは美味しくて、体がポカポカしてくるのを感じる。こうやって誰かと食事をしたのだって、本当に久しぶりだ。
「先にお風呂入っておいで? もしかして、お風呂にもあまり入ってなかったとか?」
「あ、ごめん。もしかして臭かった?」
「全然。凪ちゃんからは甘い香りしかしないよ。これが凪ちゃんの体臭なのかなぁ」
「え?」
蓮が凪人の首筋に顔を寄せ、クンクンと匂いを嗅いでる。それが恥ずかしくて凪人は思わず全身に力を籠めた。
「ふふっ。そんなに怯えなくても大丈夫だよ? 今は取って食ったりしないから。今は、ね」
「え?」
「じゃあ、風呂に入ってきて。食器片付けちゃうから」
凪人は蓮に背中を押されるように、浴室へと向かったのだった。
ちゃんとした食事に、温かなお風呂。
本当にこんな生活は久しぶりだ。風呂から上がればキッチンは綺麗に片付けられているし、洗濯機だって回っている。この洗濯機が動いているのなんて、いつぶりだろうか。
「凪ちゃん。こっち来て。髪乾かしてあげるから」
「あ、うん」
凪に向かい声をかけてくる蓮はベッドに腰を下ろしている。そんなシチュエーションに緊張してしまい、恥ずかしくなってしまった。
「ほら、早くおいで」
覚悟を決めて嬉しそうに手招きをする蓮の傍へと行けば、優しく手を引かれ、蓮の足と足の間に座らされた。
「じゃあ、ドライヤーかけるからね」
「……うん、ありがと」
「ふふっ。どういたしまして」
このドライヤーだって久しぶりに見た。ドライヤーから吹いてくる温かな風と、髪に触れる蓮の手が気持ちよくてつい眠くなってきてしまう。
「眠かったら寝ていいよ」
「うーん……」
「ふふっ、凪ちゃんはやっぱり可愛いなぁ」
「ひゃっ!」
突然蓮につーっと首筋を撫でられた凪は、思わず全身に力をこめた。真っ赤な顔をしながら、自分の首を抑える凪人を見て蓮が笑っている。
「と、突然、なにするんだよ!」
「いやぁ、凪ちゃんの項が綺麗だな……と思って」
「なんだよ、それ」
慌てふためく凪人が余程可笑しいのか、蓮がニヤニヤしている。そんな蓮に、凪人の頬に更に熱が籠っていった。
「それに、凪ちゃんすごく敏感なんだね」
「え?」
「こんなに嬉しいくらい反応してくれるんじゃあ、抱くのが楽しみだな」
「だ、抱く……?」
「そうだよ、俺たち結婚するんだもん。そういうことだってするでしょ?」
そう言いながら、頬を意味深な手つきで撫でてくる。凪人は無意識に目を閉じて身構えた。そんな凪人を見た蓮が「ぷっ!」と吹き出した。
「大丈夫。まだ俺たち再会したばかりだもん。そんなにすぐには手を出さないよ。だから、そんなに警戒しないで」
「蓮君の意地悪……」
「ごめんね、凪ちゃんがあまりにも可愛いから。じゃあ、また髪の毛を乾かすから向こう向いてもらえるかな?」
「あ、うん」
「凪ちゃんは本当に可愛いなぁ。また会えて本当によかった」
低くて優しい蓮の声が心地いい。
恋人にフラれた日からぐっすり眠れなくなってしまったから、こんな風に眠くなるのなんて、本当に久しぶりだ。起きていれば考えなくてもいいことばかりを考えて、更に憂鬱になっていく。
明るい日差しが怖くて、ずっとカーテンを閉めた薄暗い部屋の中で生きてきた。
そんな凪人の全身から、自然と力が抜けていく。両方の肩がダランと下がり、体がポカポカと温かい。
「蓮君、来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
「本当にありがとう」
頬に柔らかなものが触れた感覚がしたから、そっと目を開く。そこには、優しく微笑む蓮がいた。
「大丈夫だよ。これからは俺がいつも凪ちゃんの傍にいる」
「うん」
「おやすみ、凪ちゃん」
「あったかい……。おやすみ、蓮君……」
蓮の優しい声を聞きながら、凪人は意識を手放した。
◇◆◇◆
その日、凪人は夢を見た。
そこは地元で有名な銀杏並木。秋の柔らかな日差しが差し込む遊歩道はきらきらと輝いて見えた。
真っ白な雲が浮かぶ真っ青な空に、髪を優しく揺らす爽やかな秋風。あんなに暑かった夏が、嘘のように感じられた。
この銀杏並木は、凪人の通学路だった。まだ小さな体に大きなランドセルを背負い、学校に通った小学校時代。
凪人の隣にいたのは蓮だった。体の小さい凪人を気遣ってか、蓮はいつも手を繋いでくれる。それが嬉しかったけど、少しだけ照れくさかった。
「ねぇ、蓮君。この前の算数のテスト何点だった?」
「俺はね、百点だったよ。凪ちゃんは?」
「俺は七十点だった。蓮君は凄いなぁ。百点なんてかっこいい!」
素直に蓮を褒めれば、鼻の頭を掻きながら照れくさそうに笑う。そんな姿がとてもかっこよく見えた。
蓮は頭もいいし、運動神経だって抜群だ。友達だって多い。凪人にとって、蓮は憧れの存在だった。
「ねぇ凪ちゃん」
「なぁに?」
「俺たちが二十歳になったら結婚しよう?」
「え? 結婚? でも男同士って結婚できないんじゃないの?」
「うん、日本ではね。でも海外に行けば男同士でも結婚できるんだよ。この前テレビでやってた」
「へぇ……。蓮君は何でも知ってるんだね」
「それに、俺たちが大人になっている頃には、男同士でも結婚できるようになってるかもしれないでしょう? だから、凪ちゃん。俺のお嫁さんになって?」
「……お嫁さん……」
顔を真っ赤にしながら必死な顔で自分を見つめてくる蓮。切れ長の目にはたくさんの涙が浮かんでいて……今にも泣き出してしまいそうだ。
銀杏から差し込む木漏れ日で、蓮の色素の薄い髪がキラキラと光る。遊歩道を吹き抜ける秋風が、火照った頬を冷やしてくれた。
「俺は、凪ちゃんと結婚したい」
「蓮君……」
「俺たちが二十歳になるときに、必ず迎えに行くから待ってて」
繋いだ手に更に力が込められて、凪人はドキドキしてしまった。
「わかった。俺も蓮君と結婚したい」
「本当に?」
「本当だよ。大人になったら結婚しようね」
「やったぁ!」
二人で無邪気に微笑んだ。
そんな遥か昔の記憶……。あまりにもキラキラと輝いているものだから、無意識に心の奥底に封じ込めてしまった気がする。
あれから少しして、蓮は母親の実家へと引っ越してしまった。
あの当時、まだ幼かった二人はスマホなんて勿論持っておらず、そのまま疎遠になってしまったのだ。
「あぁ、懐かしい夢を見たなぁ」
突然思い起こされた記憶に胸が熱くなる。
凪人が目を覚ますと、すぐ隣には穏やかな寝息をたてて眠る蓮がいる。
自分に手を出すこともなく、狭いベッドにくっついて眠っている蓮に驚いてしまった。
どこまでも真面目なこの男に、胸が熱くなる。
「あの時の約束を覚えていてくれたんだね」
今目の前にいる蓮は、あの頃の面影を残しているとは言え、本当にイケメンに成長してしまった。
そんな蓮が自分を訪ねてきてくれたことが信じられなくて……涙が溢れ出しそうになる。
「ありがとう、蓮君」
すやすやと気持ち良さそうに眠る蓮の髪を、優しく撫でて、その腕の中に体を寄せる。
こんな風にぐっすり眠れたのはいつぶりだろうか。
再び睡魔に襲われた凪人は、蓮の温もりを感じながら、そっと目を閉じた。
◇◆◇◆
カーテンから差し込む日差しに凪人は薄く目を開く。もう昼くらいだろうか? 子どもたちの元気な声が聞こえてくる。今日は土曜日だから、家族で出掛けるのかもしれない。
「ん、んん……」
布団の中で小さく伸びをすると、温かな存在をすぐ近くに感じる。そこには、まだ眠っている蓮がいた。
蓮が訪れたときには冷静に蓮を見ることなんてできなかったけれど、こうしてよく見てみると本当に整った顔立ちをしている。
「かっこいいなぁ」
思わず頬に触れそうになった手を慌てて引っ込める。そんな蓮は気持ちよさそうに寝息をたてながら夢の中だ。思わず蓮の寝顔に見惚れてしまった。
「んん、凪ちゃん……?」
「あ、ごめんね。起こしちゃったかな?」
「ううん、大丈夫」
蓮が甘えたように凪人の胸に顔を埋めてくる。まるで大きな子供のように見えて、とても微笑ましい。少しだけ躊躇いながらも、蓮の体をそっと抱き締めた。
今日はいつもに比べて日差しが強いから、暑くなるかもしれない。今年は残暑が厳しそうだ。
「小さい頃も、こうやって一緒に寝たよね。凪ちゃん覚えてる?」
「覚えてるよ。あの頃から蓮君は大きかったけど、もっと大きくなっててびっくりしたよ」
「あははは。凪ちゃんは凪ちゃんのままだったけどね」
「なんだよ、それ。褒めてるの? けなしてるの?」
「勿論、凪ちゃんはあの頃みたいに可愛いままだって、褒めてるに決まってるじゃん。凪ちゃんをけなすなんて、あり得ないよ」
蓮のその言葉に、凪人の頬が一気に熱を帯びる。蓮は素直に凪人のことを可愛いと褒めてくれるのだけど、凪人はそれが照れくさくて仕方がない。
蓮は思ったことをきちんと言語化してくれるから、ボーっとしている凪人でも蓮が考えていることが手に取るようにわかる。それは嬉しい反面、凪人には恥ずかしかった。
「ねぇ、凪ちゃん。俺が引っ越した日のことは覚えてる?」
「蓮君が引っ越した日……。あ、うん。覚えてるよ。俺、蓮君に会いに行ったのに、蓮君は会ってくれなかったんだ」
「そう。あの時はごめんね。ずっと後悔してたんだ。いつかきちんと謝りたいって思ってたんだよ」
蓮が引っ越す当日、凪人は蓮の元を訪れた。「また会おうね」って伝えたかったから。でも、蓮と話をすることができなかったのだ。
凪人が蓮の家に辿り着いたときには、蓮の母親が運転する車が出発する直前だった。
「蓮君!」
凪人が蓮に駆け寄ろうとすると、蓮はまるで逃げるように車に乗り込んでしまう。そのまま会話すらできずに、二人は別れてしまった。
また会おうね……そう伝えることさえできない別れに、凪人は泣きたくなったのを覚えている。
「あの日さ、俺凪ちゃんと離れることが寂しくて仕方がなかった。面と向かって『さよなら』なんて言う勇気もなくて……。だって、俺絶対泣いちゃったもん」
小声で話す蓮が鼻をすする。凪人にぎゅっとしがみついてきた。
「でも、あの後すごく後悔したんだ。ちゃんとお別れを言えばよかったって。きっと、凪ちゃんを傷つけちゃっただろうな、っていつも頭から離れなかった」
「そんな、俺は大丈夫だよ。だからもう気にしないで」
「うん、ありがとう。でも俺、凪ちゃんを守れるような男になろうって決めたんだ。もう絶対に、凪ちゃんを傷つけることがないように……。そしたら、凪ちゃんを迎えに行こうって。俺、あのとき誓ったんだよ」
「蓮君……」
「ねぇ、凪ちゃん。俺変わったかな? 凪ちゃんを守れるような男になれたかな? 凪ちゃんに、好きになってもらえるかなぁ……」
不安そうに凪人の胸に顔を埋める蓮。そんな姿が愛おしかった。
「蓮君は、すごくかっこよくなったよ。それなのに、俺は全然変わってない。むしろどんどん臆病になっちゃった」
凪人を守ることができるように……と、努力してくれた蓮に、たった一度の失恋で引き籠ってしまった自分。その差が、凪人はとても悲しかった。
「大丈夫だよ、そんなこと」
「え?」
「だって、これからは俺が凪ちゃんを守るから。俺はあの時みたいに、もう逃げだしたりはしないからね」
蓮は優しく微笑みながら、そっと頬を撫でてくれた。
「だから俺さ、凪ちゃんと離れている間、強い男になろうと思って空手も習ったんだ」
「あ、だからそんなに逞しい体つきなんだね」
「そうだよ。凪ちゃんと再会したときに、惚れ惚れしてもらえるように俺なりに頑張ったんだ」
「そっか……」
「部活をやりながら学費を稼ぐためにバイトもした。本当は凪ちゃんと同じ大学に行きたかったんだけど、凪ちゃんがどこの大学に行くかなんて、わからなかったら」
蓮が残念そうに肩をすくめる。凪人はそんな蓮の思惑通り、再会した蓮にドキドキしっぱなしだ。
最後に会ったときに比べて、当り前だが身長も伸びたし、体格にも恵まれている。それに、あの頃よりひどく大人びて見えた。でもそれは、全部蓮の努力の賜物だ。シングルマザーの母親を支えながら、きっとたくさんの苦労をしてきたのだろう。
「それにね、俺、ファーストキスも初体験も、凪ちゃんの為にとってあるんだ」
「え?」
「へへッ。なんか超恥ずかしい」
蓮の言葉に凪の心臓がトクンと跳ねる。視線を移すと、照れくさそうに笑う蓮がいた。
「俺、何度か女の子に告白されたこともあったんだけど、全部断ってきた。だって、初めては全部凪ちゃんがいいから。初めてできた恋人も、キスもエッチなことも……。俺の初めてを全部凪ちゃんにあげたいから」
「そんな……」
「俺の初めてを、全部あげるね」
「蓮君、俺……」
「ヤバイ、こんな話をしてたらムラムラしてきちゃったよ。悪いんだけど、凪ちゃん、ちょっと離れてもいいかな?」
「え? あ、うん……」
「ごめん、すぐに治まると思うから」
その言葉を聞いた凪人は、体をモゾモゾさせている蓮から体を離す。蓮の体が少しだけ熱を帯びた気がして、凪人まで体が火照り出してしまった。
「いつか凪ちゃんが俺に抱かれたいって思えたとき、抱かせてね」
「お、俺……」
「大丈夫だよ。俺、その日が来るまでちゃんと待つから。だから、それまで傍にいさせてね」
「うん……」
蓮の言葉に凪人の胸がいっぱいになる。こんな暗闇の世界で生きていた自分のことを、こんな風に想っていてくれた人がいたなんて、全く想像もしていなかった。
蓮の優しさに目頭が熱くなる。
「あー! 本気でやばくなってきた! このままじゃ俺の俺が暴走する!」
突然蓮が大声を出しながら飛び起きて、すごい勢いでベッドから抜け出した。今まで隣にあった温もりが消えて、凪人は寂しさを感じてしまう。
「今日俺、バイトが午後からなんだ。だからちょっと遅くなっちゃったけど、朝食兼、昼食を作るね。凪ちゃん、何か食べたいものある? と言っても、そんなに食材はないんだけど……」
「食べたい物? えっと……」
凪人は離れていった温もりが恋しくて、無言で蓮の姿を追いかけた。
「炒飯とかどう?」
「炒飯? 食べたい!」
「よかった。じゃあ作るからちょっとだけ待っててね」
まるで母親が子供に言い聞かせるように頭を撫でてくれる。それから、頬にそっと口付けられた。
「ひゃっ⁉」
想像もしていなかった出来事に、凪人は飛び上がる程びっくりしてしまった。
「へへっ。なんか新婚さんみたいだね」
照れくさそうに笑いながら、蓮がキッチンへと消えていく。
「駄目だ、心臓がもたない……」
蓮の後ろ姿を見送りながら、凪人は頭を抱えて蹲ったのだった。



