春。
 雪解けの流れが小川に音を与え、木々の芽吹きが街の輪郭を柔らかく縁取る。
 再建された桜洛の広場には、赤子を背にした母や、手を取り合う老夫婦の姿があった。
 そして中央には――智子が立っていた。
 織殿の前。
 かつて追い出され、すべてを失ったあの場所で、今――彼女は布を掲げていた。
 真紅と白、墨と金糸。
 無数の色が織り交ぜられた一枚の大布――そこには、民の生活、涙、笑顔が織り込まれていた。
 そして、その中央には、拓巳が掲げた「善も悪も、いずれ人が裁く」という言葉と、智子の手書きによる新たな誓いが重ねられていた。
「光も、闇も、すべてを織り上げて、この国の未来を染め直します」
 智子の声が風に乗る。
 その背後には、仲間たちが並んでいた。
 未奈は穏やかな微笑みを浮かべ、広大が感情を抑えきれずに泣いていた。
 薫は鼻を啜りながら仁王立ち、凌は変わらぬ無表情で礼を尽くす。
 響子は正装のまま帳簿を手に、アクセルは洋服の襟を正して立ち、エマはその隣で漫画解説パネルを掲げていた。
 真之介は静かに、しかし確かにうなずき、光輝は無言ながらも帯を握る手に力を込めていた。
 夕貴はその場を指揮するように子どもたちを整列させ、智子の周囲に花を撒くよう合図を送る。
 ――そして空。
 花嵐。
 空から舞い落ちる緋桜の花びらが、広場を、民を、そして未来を祝福するかのように降り注いだ。
 智子は、皆の手を取った。
「私一人では、ここまで来られませんでした。皆の“光”があったから、私も“闇”に立ち向かえました」
 仲間たちの手が重なる。
 その中央に、拓巳から贈られた最後の帯が添えられた。
「さあ、織りましょう。この国の、次の季節を」
 その言葉に呼応するように、織殿の機が回り始めた。
 音を立て、鼓動のように。
 それは、未来へ続く布の始まりだった。
 空の緋桜は、まだ、舞っている。
 人々の笑い声と祝福の音に紛れて、誰かがそっと呟いた。
「……黒狐が、遺した“闇”は、きっと、“光”の輪郭を照らすだろう」
 物語は、ここでひとまず終わる。
 だが、その織物が示す未来は――まだ、始まったばかり。
 ――完。