冬が過ぎ、春の匂いが風に乗る。
 桜洛の織殿――その一隅には、花びらのように色とりどりの布が棚に並び、早朝の光がそれらを淡く照らしていた。
 その中心にいるのは、夕貴と智子。
 ふたりは織物学舎の共同運営を任されていた。
「こっちの講座では“型紙”を使う方法が主流だと思うの。手早く量産できるし、初心者にもやさしい」
 夕貴が資料を広げながら言うと、智子は糸を巻き取りながらゆっくり首を振った。
「でも、最初から“型”に合わせると、織り手の個性が見えなくなることもあります。“思いつき”が良い布を生むこともあるんです」
 夕貴の手が止まった。彼女は几帳面に束ねられた髪を指で一撫でし、言葉を選ぶ。
「……それは、わかる。でも、個性っていうのは“違い”でしょう? 違いをそのまま教室に持ち込んだら、混乱が起きるわ」
「違いがあるから、彩りが生まれるんです。揃えすぎたら、白一色になってしまう」
 智子の声は静かだが、その芯には確かな熱があった。
 言葉に詰まった夕貴は、小さくため息をついた。
 いつもならここで意見を通す自信が揺らぐが、今日は違った。
「……私、意見の違いが苦手だったの。対立して、壊れるのが怖かった。でも、今はちょっとだけ、違ってもいいと思えるようになってる」
 彼女はふと、去年の自分を思い出す。
 誰かに譲り、誰かに合わせ、自分の輪郭を曖昧にしていた頃の自分。
 でも、今ここには、自分と違う意見に、正面から応える仲間がいる。
「型紙講座と自由織り講座、分けて開こうか。選べる方が、みんなにとってもきっといい」
「……はい。私も、夕貴さんのやり方から学びたいです」
 そう答えた智子の頬には、微笑みが浮かんでいた。
 窓の外では、風に吹かれて白と薄紅の布が舞い上がる。
 まるで、意見の違いも彩りとして溶け合ってゆくようだった。
 それは、かつて“光”と“闇”が手を取り合った物語が、今も織り続けられている証だった。