桜洛の空に、春一番が吹いた。
新政権の樹立から幾日かが過ぎ、人々の生活にも少しずつ笑顔が戻り始めていた。
その中心地のひとつ――織殿近くの町家を改装した「えま絵草子学舎」。
その開校初日、元気な子どもたちが入り口で列を作っていた。
「えま先生! 本当にここで絵草子(えぞうし)教えてくれるの!?」
「ぼく、きのう竹の筆買ったんだ!」
「わたし、忍者のまんがかきたいの!」
門の上には、手書きの看板。
「絵草子学舎えま・今日からマンガをかこう!」と、ひらがな混じりの勢いあふれる文字。
その真下で、和洋混合の袴姿に割烹着を重ねた女性が、両手を高々と上げて叫ぶ。
「いらっしゃいませーっ! 今日からみんなは、“物語のつくり手”でーす!」
そう、それが彼女――エマ。
もとは通訳兼外交補佐官だったが、あの政変で見せた発信力を活かし、いまや桜洛で最も話題の“教師”になりつつある。
傍らで少し離れて佇んでいたのは、アクセル。
燕尾服のような装いを和装に仕立て直し、背筋を伸ばしたまま手元の巻物を見ている。
「……校費の支出は、今のところ問題なし。屋根修繕と机購入に回した分も――」
「アクセルさーんっ!」
子どもたちが駆け寄り、彼の袖を引っ張った。
驚いた彼はほんの少し眉を上げると、やや遠慮がちに膝を折って目線を合わせた。
「……ええと、どうしたのかな?」
「これ、見て見て! あたしが描いた“桜のきつね”!」
「おいらの“天守バクダン大作戦”! 拓巳様が主役なんだ!」
子どもたちの手にある紙は、どれも見事な力作(?)だった。
不器用ながら情熱にあふれた線。独創的すぎる色づかい。
エマがそれを背後から覗きこみ、満面の笑みでうなずいた。
「みんな、最高すぎるー! 天才っ!! でももう少し文字読めたほうがセリフに深み出るよねっ、さぁ今日はひらがなも練習しよう!」
「ひらがな!?」「えーっ……」
「マンガだけでいいのにー!」
そんな嘆きを軽く受け流しつつ、エマは手をぱんっと叩いた。
「お話を届けるには、言葉の力も大事なのですっ!」
その一言に、アクセルは小さく笑った。
毅然とした姿勢のまま、懐から封筒を取り出す。
「この学舎の運営支援として、後援金を追加で……寄付しようと思って」
「アクセルーっ! もー、好きっ!」
「お、おい、抱きつくのは困る……っ!」
子どもたちが「先生が求婚だー!」と騒ぎ出し、エマは照れもせずピースサイン。
アクセルは遠慮がちに笑いながら、それでも瞳の奥で安堵の色を浮かべていた。
かつて戦火と陰謀に満ちていた桜洛に、いま、笑顔と創造の芽が芽吹いている。
そしてその源には、確かに彼らの手があった。
新政権の樹立から幾日かが過ぎ、人々の生活にも少しずつ笑顔が戻り始めていた。
その中心地のひとつ――織殿近くの町家を改装した「えま絵草子学舎」。
その開校初日、元気な子どもたちが入り口で列を作っていた。
「えま先生! 本当にここで絵草子(えぞうし)教えてくれるの!?」
「ぼく、きのう竹の筆買ったんだ!」
「わたし、忍者のまんがかきたいの!」
門の上には、手書きの看板。
「絵草子学舎えま・今日からマンガをかこう!」と、ひらがな混じりの勢いあふれる文字。
その真下で、和洋混合の袴姿に割烹着を重ねた女性が、両手を高々と上げて叫ぶ。
「いらっしゃいませーっ! 今日からみんなは、“物語のつくり手”でーす!」
そう、それが彼女――エマ。
もとは通訳兼外交補佐官だったが、あの政変で見せた発信力を活かし、いまや桜洛で最も話題の“教師”になりつつある。
傍らで少し離れて佇んでいたのは、アクセル。
燕尾服のような装いを和装に仕立て直し、背筋を伸ばしたまま手元の巻物を見ている。
「……校費の支出は、今のところ問題なし。屋根修繕と机購入に回した分も――」
「アクセルさーんっ!」
子どもたちが駆け寄り、彼の袖を引っ張った。
驚いた彼はほんの少し眉を上げると、やや遠慮がちに膝を折って目線を合わせた。
「……ええと、どうしたのかな?」
「これ、見て見て! あたしが描いた“桜のきつね”!」
「おいらの“天守バクダン大作戦”! 拓巳様が主役なんだ!」
子どもたちの手にある紙は、どれも見事な力作(?)だった。
不器用ながら情熱にあふれた線。独創的すぎる色づかい。
エマがそれを背後から覗きこみ、満面の笑みでうなずいた。
「みんな、最高すぎるー! 天才っ!! でももう少し文字読めたほうがセリフに深み出るよねっ、さぁ今日はひらがなも練習しよう!」
「ひらがな!?」「えーっ……」
「マンガだけでいいのにー!」
そんな嘆きを軽く受け流しつつ、エマは手をぱんっと叩いた。
「お話を届けるには、言葉の力も大事なのですっ!」
その一言に、アクセルは小さく笑った。
毅然とした姿勢のまま、懐から封筒を取り出す。
「この学舎の運営支援として、後援金を追加で……寄付しようと思って」
「アクセルーっ! もー、好きっ!」
「お、おい、抱きつくのは困る……っ!」
子どもたちが「先生が求婚だー!」と騒ぎ出し、エマは照れもせずピースサイン。
アクセルは遠慮がちに笑いながら、それでも瞳の奥で安堵の色を浮かべていた。
かつて戦火と陰謀に満ちていた桜洛に、いま、笑顔と創造の芽が芽吹いている。
そしてその源には、確かに彼らの手があった。



