雪がちらつく朝。
桜洛の仮議場には、政変を経て一時的に任ぜられた「臨時法制審議会」が開かれていた。
壇上に立つのは奉行所書記の響子。
その横には、分厚い書状束を抱えた美鈴が控える。
「本日の議題は、『再興後の公正税制と市民保護法案』でございます」
響子は、巻物を開きながら、正面の議席を一瞥する。
「まず、現行制度下における徴税基準の不均衡を、三例に分けて論じます」
彼女の口調は一貫して理路整然。
だがその空気を“冷たい”と取る者も多い。
今も、議場の隅で数名の議員がひそひそと囁いていた。
「奉行所の女書記がまた出てきたか」
「空気も読まずに理屈ばかり……」
「男を立てることを知らんのかね」
だが、美鈴は眉一つ動かさず、彼女の背後に立って資料を次々と差し出す。
「響子様、該当の例一、租税記録控え」
「うむ、受け取った。次、例二」
紙の重なりが淡く鳴り、響子の言葉が途切れることはない。
「例二――“物納”を口実に、一部領主が銀納を強制し、村落単位で破産した件。こちら、記録簿および該当地主の供述文」
読み上げの合間に、美鈴が手際よく該当資料を配布。
議員たちの前に整然と並ぶ帳面と写本の数々に、さすがに数名がざわつき始める。
「……待て、これは……わしのところの領地では……」
「おい、名前が記されとるぞ、年号も正確に」
“空気を凍らせる”のは、時として理屈の力だけではない。
事実と証拠――その集積は、黙して物を言う。
響子は最後に声を張った。
「私は、ただ善悪を論じたいのではありません。“法の空白”がどれほど人々を蝕むか、その現実を、貴方方がご覧になれば十分です」
一瞬の静寂。
やがて、最前列の初老の議員が、ぽつりと呟いた。
「……若いが、理屈は通っておる」
「この資料の量、根気と準備がなければ無理だ」
少し遅れて、拍手が起こる。
まだ疎ましげな表情を浮かべる者もいるが、それでも議場全体が、ひとつの方向へ傾き始めていた。
美鈴は静かにうなずいた。
それは、用意周到に積み上げた資料と、自身の“感情を押し殺す努力”が、ようやく報われた証でもあった。
響子は最後に一礼し、言葉を締めくくった。
「空気ではなく、事実を重ねる。それが、未来を紡ぐ法の礎です」
桜洛に新しい秩序が芽吹こうとしていた――静かに、着実に。
桜洛の仮議場には、政変を経て一時的に任ぜられた「臨時法制審議会」が開かれていた。
壇上に立つのは奉行所書記の響子。
その横には、分厚い書状束を抱えた美鈴が控える。
「本日の議題は、『再興後の公正税制と市民保護法案』でございます」
響子は、巻物を開きながら、正面の議席を一瞥する。
「まず、現行制度下における徴税基準の不均衡を、三例に分けて論じます」
彼女の口調は一貫して理路整然。
だがその空気を“冷たい”と取る者も多い。
今も、議場の隅で数名の議員がひそひそと囁いていた。
「奉行所の女書記がまた出てきたか」
「空気も読まずに理屈ばかり……」
「男を立てることを知らんのかね」
だが、美鈴は眉一つ動かさず、彼女の背後に立って資料を次々と差し出す。
「響子様、該当の例一、租税記録控え」
「うむ、受け取った。次、例二」
紙の重なりが淡く鳴り、響子の言葉が途切れることはない。
「例二――“物納”を口実に、一部領主が銀納を強制し、村落単位で破産した件。こちら、記録簿および該当地主の供述文」
読み上げの合間に、美鈴が手際よく該当資料を配布。
議員たちの前に整然と並ぶ帳面と写本の数々に、さすがに数名がざわつき始める。
「……待て、これは……わしのところの領地では……」
「おい、名前が記されとるぞ、年号も正確に」
“空気を凍らせる”のは、時として理屈の力だけではない。
事実と証拠――その集積は、黙して物を言う。
響子は最後に声を張った。
「私は、ただ善悪を論じたいのではありません。“法の空白”がどれほど人々を蝕むか、その現実を、貴方方がご覧になれば十分です」
一瞬の静寂。
やがて、最前列の初老の議員が、ぽつりと呟いた。
「……若いが、理屈は通っておる」
「この資料の量、根気と準備がなければ無理だ」
少し遅れて、拍手が起こる。
まだ疎ましげな表情を浮かべる者もいるが、それでも議場全体が、ひとつの方向へ傾き始めていた。
美鈴は静かにうなずいた。
それは、用意周到に積み上げた資料と、自身の“感情を押し殺す努力”が、ようやく報われた証でもあった。
響子は最後に一礼し、言葉を締めくくった。
「空気ではなく、事実を重ねる。それが、未来を紡ぐ法の礎です」
桜洛に新しい秩序が芽吹こうとしていた――静かに、着実に。



