冬晴れの朝。
 かつて政の拠点だった桜洛城下町の一角に、新たな看板が掲げられた。
 木製の厚板に、墨で染め抜かれた文字――
「桜洛織交易舎」
 それを見上げて、真之介は口元を引き結んだ。
「……よし、これで“居場所”を失った者たちが、少しでも立ち直れる場所になるといい」
 その隣、相変わらず無表情な光輝が黙って頷いた。
「武家の職を失い、身の振り方を見失っていた者も多い。剣の扱いだけではなく、織物や輸送の知識も身につければ――次の生き方が拓けるはずだ」
 真之介は、建物の中から帳面を取り出し、登録者の名簿を開く。
 ざっと見ただけでも二十余名。内、十数名は戦時中に武士の籍を抜かれた男たちだ。
「……こちらは、信用を積み重ねる場所だ。刀を振るだけでなく、礼を尽くす心も必要になる」
「心得ている者を、私が見極める」
 短く返す光輝の視線が、門前で隊列をなす男たちを射貫いた。
「おい、並んでる奴ら! 名前と、今できること、できないことを紙に書いて提出しろ。嘘があると、即却下だ」
 門番として立つ光輝の威圧は相変わらずだ。
 それでも、列を成す者たちは逃げず、むしろ背筋を伸ばす。
 一人、二人……と順に提出された紙束に目を通しながら、真之介はぽつりとつぶやいた。
「……“悪”が去った今、本当の意味で人の善意が問われる」
 光輝はそれを聞き、無言で頷いた。
「守るべきものが見えたからこそ、剣を置いても戦える。そう思える者だけが、ここで働ける」
「……働けない者は?」
 真之介は一瞬、筆の手を止め、目を上げた。
「その者には、他の場所を紹介するよ。“居場所”は一つじゃない。だが“やり直す意志”は、誰にでも等しく差し出したい」
 そう言った真之介の声は、決して大きくはないが、列に並ぶ元兵たちの耳にはしっかりと届いていた。
「おい、お前、字書けるか?」
「……ちょっとだけ。あんたは?」
「農具の修理ぐらいは……たぶんできる。じゃあ、おれらも組になるか?」
 そんな小さな声が、列の端で交わされる。
 互いに不安を打ち明け、初めて名前を知る――そんな瞬間が、町の再生には必要なのだった。
「光輝、護衛長として、明日から門前訓練を頼めるか?」
「……命令とあらば」
「違う。“お願い”だ」
 真之介の目が、笑っていた。
 数秒の間を置いて、光輝もまた、ごくわずかに口元を緩め――
「……ならば、応じる」
 かくして、再建された商館は、失われた“職”と“誇り”を少しずつ織り上げ始めた。