桜洛の政変が終わった翌朝。
 町の復興に合わせて、新たな秩序を担う警備隊の結成が急務となっていた。
 だが、崩壊した旧体制の瓦礫から生まれ変わる組織には、まだ統制も経験もなかった。
「列を揃えろっつってんだろ、馬鹿どもがァ!! おい! そこの腰抜け、お前の足元は沼地かァ!?」
 新設警備隊の仮訓練場に、薫の怒号がこだました。
 彼女の顔は真っ赤、髪をひとつに縛り、木刀片手に前線をぐるぐると歩き回っている。
「何回言わせんだよ! 走るときは“かかと”じゃねぇ、“腰”で踏めっつってんだろうが!」
 が、叱られている若い隊士たちは皆、返事をするどころか口を開く余裕もない。
 その場にただ一人、全く動じていない男がいた。凌だ。
 薫の怒鳴り声の合間を縫って、彼は静かに新兵の並びを見て、名簿に目を走らせる。
「……体格よし、目線も安定。あとは、間合いの読み。交代訓練で補強可能」
 彼は、前夜の戦をくぐり抜けた精鋭の中から、慎重に新隊の骨格を組み上げていた。
「……そこ、弓の握りが甘い。風が吹けば逸れるぞ。左肘を半寸、下げて」
 的確な指示。それでいて一切、声を荒げない。
 その落ち着きは、焦る者たちに安定を与えていた。
「――おい、凌!」
 苛立ち気味に薫が歩み寄る。
「お前、それじゃ舐められるぞ? もっと“怒鳴って”教えなきゃ駄目だって!」
「……怒鳴らなくても、整う者は整います。そうでない者は、怒鳴っても変わりません」
「なっ……何だと?」
「……薫さんの熱さは、隊の柱です。私は“目の届く補強材”でいきます。構いませんね?」
 瞬間、薫の額に血管が浮いた……が、思いとどまり、彼女は腕を組み直した。
「……ああ。わかったよ。あんたがそこまで言うなら、私は“叱る側”を全力でやる」
「お願いします。私には“燃やす声”がないので」
 そう言って、凌はほんのわずかに口角を上げた――それを見て、薫もふっと笑う。
「……そんで? 何人ぐらい編成に回せそうなんだ?」
「十五。内、夜間行軍に耐える者が五。矢の使い手が三。短刀を扱える者が二……」
 淡々と語られる報告に、薫は耳を傾けながら、後ろで新兵たちが木刀を落とす音にまたも叫んだ。
「お前らぁ! 聞けって言ってんだろ! “警備隊”ってのはな、弱者を守る最後の壁なんだよォ!!」
 広場の隅、逃げようとした新兵が止まり、ピタリと振り返る。
「“誰か”を守るために、自分が怒られるぐらいでビビんなっつーの! やられたって、起き上がれ!!」
 その言葉に――誰かが、ぐっと歯を噛みしめて立ち直った。
 誰かが、膝を伸ばした。
 誰かが、拳を握った。
 それを見ていた凌は、名簿の端にひとつだけ朱を入れた。
「……この者は、初動こそ鈍いが、火種にはなる」
「へっ……そうやって“器”を見抜くのは、あんたの得意技かね」
「……ええ。“叱って燃える”者の力を借りられるなら」
「はは、上等だよ! あんたの冷静さ、ちょっとだけ見直したぜ」
 二人の立つ場所に、東から陽が射しはじめる。
 灰に覆われた桜洛の地で、また一つ、新たな力が育ち始めていた。