朝日がようやく昇りきり、焼け残った桜洛の町に、ようやく「日常」の光が差しはじめていた。
 だが、町のあちこちには未だ倒れた瓦、燃えた梁、崩れた石塀――戦いの痕があまりにもはっきりと残っていた。
「……まだ全部で、七つの通りが塞がったままです」
 広大が額の汗を拭いながら、手元の板図を見つめる。目の下には疲労の隈ができていたが、それでも彼の瞳は生き生きとしていた。
 その隣で、無表情に糸車のような小さな機械を組み立てる少女がいた。未奈だ。
「……これ、持ち上げる布。鉄骨三本、動かせる」
 彼女はそう言って、足元に置いた機械の上に布を張った奇妙な構造物――それは、布でできたクレーンだった。
「“布”で持ち上げるって……あれか、前に智子さんと試してた、反重心繊維?」
 未奈はこくんと頷く。「……広大、紐ひく」
「お、おう?」
 言われた通り、広大が布製のレバーを引くと、ぐぐ、と音を立てて、瓦礫の中から鉄の骨組みが浮かび上がった。
 まるで綿を持ち上げるかのような軽やかさ。けれど確かに、瓦礫は持ち上がっていた。
「おおおおおお!? すげぇ! すごいよ未奈ちゃん!」
 広大は思わず大声で叫んだ。
 未奈は一瞬だけ、視線を逸らした。
 その頬が、ほんの少しだけ朱に染まっていたのを、広大は気づかない。
「……これ、改良した。前より三倍、強い。回収、早い」
「はっはっは! そりゃもう、最強のクレーンじゃねぇか! 天才だな未奈ちゃんは!」
「……ちがう。わたし、未熟。まだ“うまく笑えない”」
「それでいいさ」
 広大は真面目な顔になった。
「未奈ちゃんが、こうして一緒にやってくれてる。それが一番、心強ぇんだ」
 そう言って、彼は未奈の肩を軽く叩いた。
 未奈は、戸惑ったように首を傾げたあと、ぽつりと呟いた。
「……でも、今、少し笑えた気がする」
 そして、ほんのすこしだけ、唇の端が――ほんの少しだけ、上がった。

 その後も、未奈の布クレーンは街のあちこちで活躍し、
 広大はそれを使って崩れた民家から、残された日用品を取り出しては、持ち主に返した。
 瓦礫を越えて少年に返された壊れた木馬。
 囲炉裏の火種を入れた壺。
 着物の箱を抱いた老婆は、涙を流して「これは、孫の嫁入り用だった」と声を震わせた。
 その光景のたびに、広大は声を詰まらせた。
「……人の知恵ってのは、やっぱり……宝だな」
 隣で、未奈がふいに呟いた。
「……布も、糸も、ただの道具。でも……織れば、心が通る」
「……ああ。そうだな。俺たちも、そういう“心”を繋ぐ仕事をしてんだよな」
 広大がそう言うと、未奈はもう一度、小さく、けれど確かに笑った。
「……それなら、もう少しだけ、笑う練習する」