冷たい石畳が、二人の足音を吸い込んでいく。
 天守の地下――かつては牢としても使われた空間に、凍てついた空気が満ちていた。
 拓巳は薄灯りの先に、摂政家の当主とその警護たちを視界に収めると、
 まるで舞を始めるかのように歩を進めた。
「ようやくこの場に辿り着いた。因果という名の糸が、ここで締まる」
 摂政の目が、怒りと困惑の間で揺れた。
「何を企んでいる。まさか……お前が“黒狐”の本体だったとはな」
「そう呼ぶなら好きにしろ。ただし、私は己の名ではなく、行いで語る主義だ」
 そう言って拓巳は、巻物を掲げる。
 それは、摂政家が密かに結んだ他国との裏約状――密貿易と軍備強化の証。
「この一枚が、幾千の命を脅かすと知りながら……貴様らは栄華に酔った」
 摂政は嘲笑を浮かべる。「証拠を得たところで、お前の正義は誰も知らぬままだ」
「いや、伝える者はいる」
 拓巳が視線を向けた先には、光纏絹(ひかりまといぎぬ)を纏った智子が立っていた。
 その布は、未奈と共に極寒の夜明けに織り上げたもの。
 まるで光をまとうように、美しく、そして警戒心を誘う装飾が施されていた。
 智子は震えながらも、一歩を踏み出す。
 彼女の掌には、仕込まれた硝石粒――これを布で反射すれば、瞬間的に閃光を生む。
 拓巳が摂政へ一歩にじり寄ったその瞬間――
 警護兵が一斉に抜刀し、空気が裂けた。
 だが、次の瞬間――
「今です!」
 智子が声をあげ、布を翻した。
 眩い閃光が地下を照らし、摂政とその配下の視界を奪う。
 その間隙を突き、拓巳が素早く突進。
 摂政の背後から人質として捕らえられていた書記官の女性を救い出す。
「人を道具にするな……!」
 拓巳の声は、怒りというより、悲しみに近かった。
 その背中を、智子は静かに見つめていた。
 誰よりも冷酷で、誰よりも人を救おうとする――そんな男の在り方を。
「私が、あなたの“闇”に、光を灯すよ」
 彼女の囁きに、拓巳は一瞬だけ目を細めた。
「……ならば頼む。私は、闇のままで進む」
 ――冷たい地下で、二人の影が交差し、また別の光と闇を生む。