陽は落ち、空に白く月がにじむ宵。
 桜洛の中枢、摂政家の正門前には、厳重な警備が敷かれていた。
 その門の前に――ひとりの女が立った。
 煙管を咥えたまま、肩をいからせた女――薫だった。
「……さて、暴れる準備はできてるよなぁ」
 小さく呟いて煙を吐いた瞬間、彼女の手元から赤い光が舞い上がる。
 それは提灯に偽装した火薬玉だった。
 宙を描いた提灯が門の脇に落ちた瞬間、――
「どかぁん!!」
 鈍く、そして大きく響く爆音。門前の兵たちが一斉にこちらを振り返る。
「敵襲か!? くそっ、女だ、女が一人で来てる!」
「舐めんじゃねえぞ!」
 兵が抜刀し突進したその時、門の影からもう一人、黒装束の男が滑るように現れた。
 光輝――拓巳の影として生きる無感動の剣士。
 彼は一切表情を変えず、抜刀の瞬間すら音を立てぬまま、
 兵の刀を払い、突き、捻り、倒す。
「一番槍、あたしがいただきっと……あらよっと!」
 薫は続く敵兵を爆竹と扇で撹乱しつつ、相手の怒号を煽るように叫んだ。
「もっと来いよォ、器がちっちぇえなあ! あたし相手に全力出さなきゃ泣くぞコラァ!」
 口では罵声、だがその瞳の奥には冷静な計算があった。
(――これで兵が正門側に集中すれば、裏門からの侵入は格段にやりやすくなる)
 一方の光輝は、感動も怒気も浮かべぬまま、
 地を這うように動き、薫の背後に迫った敵を瞬時に制圧した。
「……背後、処理完了」
「さっすがだね! 無表情だけど頼りにしてるよぉ!」
「表情は不要。結果を優先せよ、との命令だ」
 淡々と答える光輝に、薫はニヤリと笑う。
「ならあたしは、無様でも派手でも、結果出す派だ。……いいだろ、どっちも拓巳様流だ」
 火の粉舞う門前。夜風が煙をさらい、兵たちがざわめきと共に再集結する。
 だが薫と光輝は、まったく怯むことなく――正面から敵を挑発し続けた。
 それは、決戦の幕を静かに引き裂く狼煙だった。