舞台は摂政家西書院。異国の賓客たちが、緊急の避難指示にざわめく中にいた。
「みなさん! こちらのチラシを見てください!」
 エマが高く掲げたのは、手描きの四コマ漫画。
 絵柄は可愛く、内容は明快――“この建物は火薬の標的です。非常口はここ!”と、
 矢印付きで描かれていた。
「これなら万国共通、読めなくても理解できるでしょ?」
 日本語の通訳案内では時間がかかる。ならば、絵で伝える。
 それが、エマの漫画愛から生まれた即席の防災ツールだった。
「これは……驚いた。実に合理的だ」
 毅然とした面持ちで後ろに立っていたのは、外務大使・アクセル。
 彼は和装の裾を翻しながら、館の構造を素早く見渡した。
「エマ、客人を中央廊下へ導け。私は後衛を務める」
「えっ、あなたも!? 刀持ってないって聞いてたけど」
「遠慮していたのだ。だが、今はその時ではない」
 そう言って彼は袴の下から、細身の西洋剣を抜き放った。
 エマはその姿に、漫画でしか見たことのない“正義の騎士”のイメージを重ねる。
「かっこいいかも……じゃなくて!」
 我に返ったエマは、漫画チラシを振り回しながら客人たちを誘導し始める。
「ミスター! この絵! こっちです! フォロー・ミー!」
「オー……オーケー……!」
 異国の要人たちがエマの勢いに気圧されながらも従い、
 一人、また一人と非常口の方へと走り出す。
 その背後では、アクセルが正確無比な剣捌きで通路を確保していた。
「すべての安全は、外交の信頼に通じる」
 その信念が、彼を静かに、しかし力強く支えていた。
「いっけー! 漫画の力と外交の意地、見せてやろうじゃん!」
 エマの叫びと、アクセルの一閃。
 西書院の夜が、二人の異文化の協力によって守られてゆく――。