冬至の夕刻、風が凍てつく城下町。
 瓦屋根に霜が降り、吐く息がすぐに白くなる。
 だが、町の広場には湯気が立っていた。
「――はい、お次の方、甘酒だよ。おかわりも遠慮せずに」
 そう声をかけながら、真之介は湯桶の前で笑っていた。
 その声は穏やかで、誰もがつられて顔をほころばせる。
 彼の後ろでは、酒樽を改造した即席の台車が並び、甘酒が次々と振る舞われている。
 台車の後部には、赤く大きくこう書かれていた。
《※この先、西之広場まで安全通路あり》
「さすがだな、兄さん……これが“商談”の力ってやつか」
 そう言って走り回っているのは、広大。額に汗を浮かべながら、時折大きな声を上げていた。
「こっちです! 西門の方が広い道につながってますよ! こっちは火の手もありません!」
 人波の中で、ひとり、声を枯らしながらも、涙ぐんだ顔で叫んでいた。
 その涙は、恐怖ではなく、感情の昂ぶりからのものだった。
「こんな時でも、人が人を助けられるなんて……っ。人って……すごいな……!」
 小さな子を抱いた母が礼を言いながら通り過ぎるたび、
 老いた夫婦が肩を寄せて歩いていくたびに、広大の涙腺は限界を迎えていた。
「……うう、だめだ、こんな光景、何度見ても泣いちまう……っ!」
「泣いてる場合じゃないぞ、広大。あの屋台、あと十分もしたら湯が切れる。補充頼むよ」
 真之介が肩を叩くと、広大は「はいっ!」と涙を拭って走り出した。
 そんな彼らの背後、誰にも気づかれぬように――
 拓巳の部隊が、氷の水路を使って北門に迫っている。
 この避難誘導は、その陽動でもあった。
 だが、真之介の表情に打算はない。
「……誰かのために何かをする。それが、どんな理由であれ」
 湯気の中、彼の眼差しは、凍える民たちに向けられていた。
「……その行動が“善”である限り、俺は胸を張れる」
 そう呟く彼の横顔を、灯籠の火がほんのり照らしていた。