冬至の早朝。桜洛の織殿は、空気ごと凍てついていた。
 気温は氷点下五度。息を吸えば肺が軋む。吐けば白煙が視界を遮る。
 だが、工房の奥では、静かに火花のような気迫が立ち上っていた。
 ギィィィィ……キン……ギィィィ……
 糸車が限界回転していた。銀の輪が音を立て、未奈の指がその上で正確に踊る。
 顔には相変わらず一切の表情がない。
 それでも、その目は、燃えていた。
「……未奈さん、大丈夫ですか」
 智子が、氷の板と化した窓際から声をかける。手には緋色の反物。
 雪を反射してかすかに光る絹地に、金糸の文様がひとつずつ浮かび上がっていた。
「問題ありません。……ただ、少し、熱くなりすぎたかも」
 淡々と、未奈は回転する糸車の軸を手で止めた。
 止まった瞬間、細かく組まれた仕掛けから、柔らかな“光”の糸が、するするとほどけていく。
 その糸は、普通の絹とは違っていた。
 たしかに光っている。けれど、それは蛍光灯のような明滅ではなく、どこか“深い井戸の底から差す日差し”のような、不思議な温かさを持っていた。
 智子は、その糸をそっと受け取り、織り機の前に座った。
「この布で、あの人を……守りたい。あの人が“悪”を抱えながらも進むなら、私はその背を、照らす布で支えたい……」
 一打、一打、経糸と緯糸を交差させる音が響く。
 そのたびに、織面には「光」が現れる。
 まるで闇の中で星が生まれるかのように。
 未奈は、少しだけ口角を上げた――が、智子には気づかれないように背を向ける。
(あの人は、変わったな……自分のために織っていた手が、今は誰かのために動いている。……それって、すごく、すごく、強い)
 数刻後。
 布は完成した。
 それは、“光纏絹”と名付けられた。
 見る角度によっては夜空のように深く、また角度を変えると春の陽光のように明るい。
 布のなかには、未奈の技術と智子の想いが、見事に織り上がっていた。
「未奈さん、本当にありがとう。これで……命を救えるかもしれない」
「……いいえ、命を、託されただけです」
 未奈は最後に、控えめに深く一礼した。
「あなたの“光”が、闇を切り裂きますように」
 そのとき、工房の外では、雪がやんでいた。
 空は、ほんの少しだけ明るくなっていた。