冷えた風が桜洛の空気を張りつめさせる晩秋の夜、城下の一角にある旧天守裏の火薬庫――
 そこに忍び込む二つの影があった。
 ひとりは、奉行所の用人であり、策を講じることに長けた女、美鈴。
 もうひとりは、感情を隠せない青年、広大。
「……本当にこれ、効くのか?」
 声を潜めつつも、広大の瞳には不安が混じる。
 その手元には、茶色い袋に詰められた、火薬と見せかけた“偽装火薬”――見た目も香りも酷似しているが、正体は砂塩と砕いた干飯(ほしいい)だ。
「効かない方がいいのよ。これは、"爆発しない火薬"として、敵の兵器を無力化するためのもの」
 美鈴は、感情を押し殺したまま淡々と答える。
 まるで天秤の重さを測るように、静かに、正確に、火薬袋を置き換えていく。
「本物と見分けがつかないように作った。湿度と光も考慮済み。もし火がつけば、煙だけ出して終わる」
「……すげぇ。人の知恵って、こんなすごいんだな……」
 広大は、感嘆したように見つめながら、そっと彼女の隣に腰を下ろした。
「……なぁ、美鈴さん。あんたって、なんでそんなに、冷静なんだ?」
 一瞬、手が止まる。
 美鈴は答えない。だがその沈黙は、拒絶ではなく、言葉を選んでいる気配だった。
 やがて――
「……感情を見せると、狙われやすいから。子どもの頃、それで母が連れて行かれた。黙っていれば、何も失わないって学んだの」
「……でも、俺は今、泣きそうだ。なんでだろな。こんな、誰にも見えねぇ場所で……人の命、守るために黙々と働いてるあんた見てたらさ……」
「泣くのは……理に適わないわ」
「適わなくていい。俺は、学びたいんだ。こんなふうに誰かを守れる知恵。――俺、美鈴さんの弟子になりたい!」
 美鈴は、驚いたように広大を見た。
 それでも顔には出さず、ただ黙って荷物を詰め続ける。
 だが――彼女の口元が、ほんのわずかだけ、緩んだ。
「……情緒的過ぎて、火薬庫には向かない。でも……補助役としてなら、考えてあげる」
「ほんと!? やった!! あ、でも火薬庫、泣きながらはまずいよな、な、ちょっと涙止まんねぇけど、平気だよな――!」
「泣きながら火薬触ったら、本当に爆発するかもね」
「うぉおお! こえぇえええ!」
 二人の影が、倉庫から静かに離れていく。
 その背に、月が差し込む――美鈴の瞳に映るその光は、少しだけ、柔らかさを帯びていた。