桜洛のはずれ、織殿の地下にある秘密工房。
 硝子越しに差し込む陽光を、無数の糸車と道具たちが複雑な影に変えていた。
 その中央。ひときわ大きな布織台の前に、未奈が立っていた。
 目を瞬かせず、指先だけが止まらず動く。
 張られた経糸(たていと)には、幾層にも金属粉が織り込まれている。
 ――ただの飾りではない。これは“装甲布”。
「……次、膠膜層。厚みは三厘まで」
 呟くように言いながら、未奈は布に指を走らせ、特殊な膠で仕上げを重ねていく。
 無表情。しかし内心は、熱く燃えていた。
(……これが完成すれば、智子が守れる。あの人が、“闇の場”に立っても、せめて光を纏えるように)
 だが、試作品はまだ脆い。耐衝撃には優れるが、折れに弱く、裁断時に形を保ちづらい。
「――それ、漫画で説明すれば?」
 突然、背後から軽やかな声が響いた。
「エマ」
 くるりと現れたのは、紺の羽織を翻す通訳・エマ。両手には筆と絵皿。
 そして、なぜか絹の端布に描かれた……絵巻調の四コマ漫画。
《①糸がビリビリ→②智子、泣く→③未奈、無表情で再挑戦→④バリア成功!》
「……ふざけてる」
「ふざけてない!ねぇ、“誰にでもわかる説明書”って、すごく大事でしょ?お役人も武士も、わかりやすい方が好きなんだから!」
 未奈は黙ったまま、エマの絵に目を落とす。
 たしかに、わかりやすい――そして、面白い。
「……布に描く」
「え、これを!? 本当に!?」
「装甲布の裏に、図解として印刷。折り目に合わせて“畳むと展開が読める”。……視覚的誘導になる」
「未奈……それ、天才の発想!!」
 エマが歓喜して飛び跳ねた。未奈は微動だにしないが、わずかに頬が紅潮していた。
(……笑ってくれて、よかった)
 漫画と織物が融合する新たな試み。
 それは、智子の衣――“光纏絹”の完成に向けて、欠かせぬ一手となる。
 二人は無言で並び、新たな布地の設計図に向かい合った。
 文字では伝わらぬ想いを、絵と糸が結び始めていた。