月の明かりが霞む晩秋の庭。
 竹林を背にした稽古場に、二つの影が向かい合っていた。
 一人は、木刀を構える真之介。
 もう一人は、無表情のまま剣先をまっすぐ向ける光輝。
「……初手からいく。構えを崩すな。心を揺らすな。打つ前に、斬る意思を定めろ」
 光輝の声は乾いていた。まるで雨をはじいた紙のように、音に湿りがなかった。
 真之介は黙って頷き、深く呼吸を整える。
 眼差しに、かすかな熱が宿る。
「お願いします」
 その一声のあと、次の瞬間には光輝の木刀が唸りをあげて飛び込んできた。
 ごう、と風を割く音がする。
 真之介は必死に受けるが、押される。刃筋がぶれる。足がずれる。
「浅い。迷いがある。二撃目を考えるな。一撃で終わらせる構えでなければ、斬る者にも、護る者にもなれぬ」
「……はい」
 額から汗が流れる。
 が、真之介は崩れない。倒れない。前を向き続ける。
 それが何度、繰り返されたか。五十合、百合を超えたか。
 光輝の腕が、一瞬だけ止まる。
「……なぜ、それほどまでに」
「……俺には……何もないからです。けど、誰かの役に立つ生き方を選びたい。できれば、あなたみたいに、誰かを守れる力が、欲しいんです」
 淡々とした口調の中に、静かな熱意が滲む。
 光輝のまなざしが、かすかに揺れた。
「……俺は感情を言葉にしない。斬る時も、護る時も、黙って事を果たすだけだ」
「……それでも、俺は憧れます。黙っていても、誰かを信じて動けるあなたに」
 しん、と静まる稽古場。
 風が笹を揺らす中で、光輝は木刀を下ろし、背を向けて一言だけ言った。
「……明日も来い。百合目から先を、教える」
 それは、明確な許しであり、認めた証だった。
 真之介は深く頭を下げ、静かに拳を握る。
(いつか、この背に追いつけるように……)
 稽古場の灯が消え、二人の影は夜に溶け込んでいった。