舞踏会の喧騒が去り、桜洛の夜は一転して重い沈黙に包まれていた。
摂政家の牙城に風穴を開ける計画は、刻一刻と決行へ近づいている。
その準備の一角を担う織殿では、薫の怒声が響いていた。
「こんな設計、火薬提灯の飛距離が足りねえに決まってんだろうが!! 実戦舐めてんのか、夕貴!」
夕貴は資料を胸に抱きながら、一歩も引かずに言い返す。
「でも、薫さんの提案だと火薬量が多すぎて……織殿の柱ごと燃える可能性があるの。陽動のつもりが本当に炎上しては意味がない」
「は? 何びびってんだよ。陽動ってのは“派手に騒げりゃ勝ち”なんだよ!」
「派手に燃やせば正義になるっていうのは、私には理解できない」
その言葉に、薫の眉がぴくりと動いた。
「おまえな、じゃあどうすりゃいいんだよ!」
「私の設計だと、煙だけを先に出す構造にして、その後で“遅延発火”で音と光を出すようにしてる。だから見かけほど危なくは――」
「ちまちま計算してっから、お前の計画は時間がかかるって言ってんだよ!」
声が、交錯する。
言葉が、かみ合わない。
二人のあいだには、まるで機を逆さまに織ったような“ねじれ”が生じていた。
夕貴は唇を噛んだ。
「この人とは、やっぱり合わないのかも」――心のどこかでそう思いかけていた。
だが、そのとき。
「……私はね」
薫の声が、ふいに小さくなった。
「負けたくないんだよ、あいつらに。正面から、堂々と。……あの時、父ちゃんが殺されたのに、誰も戦わなかった。逃げた。私は、逃げたくないんだよ」
夕貴ははっとする。
初めて聞いた、薫の過去。
感情を露わに怒鳴るその下には、悔しさと後悔がずっと潜んでいたのだと、ようやく気づく。
「……薫さん」
「おまえの言うとおりだ。私の案じゃ危なっかしい。でもな、危険を恐れて縮こまってたら……誰にも“本気”は伝わらねえ」
沈黙。
夕貴は、資料を広げた。
計算式と図面を並べ、深呼吸ひとつ。
「じゃあ、こうしよう。火薬量は薫さんの想定通り。ただし、私の遅延装置を中に仕込む。発火と同時に風圧で火が拡散しないよう、内部に遮断布を挟む――これなら、派手にいきながらも暴発の危険は抑えられる」
薫の目が細められる。
「……おまえ、ケチつけるだけの奴じゃなかったんだな」
「違いは、合わせるためにある。争うためじゃない」
夕貴は、まっすぐ言った。
その眼差しには、自分と向き合い、相手とぶつかって、それでも“共に”前に進もうとする誠実さが宿っていた。
薫は鼻を鳴らして、どっかり座りなおす。
「よし、組んでみるか。火薬提灯の改良型《双層閃光灯》――おまえの“クソ真面目な計算”で、どこまで派手にできるか、見せてもらおうじゃねえか!」
「任せて。私は派手より“精密”が得意だけど……たまには、燃えるのも悪くないかも」
ふたりは、道具を並べ始めた。
反発から生まれた共鳴。
意見の“違い”が、やがて強力な“彩り”へと織り成されていく。
その夜の工房に、かすかな火薬の匂いと、笑い声が交じった。
摂政家の牙城に風穴を開ける計画は、刻一刻と決行へ近づいている。
その準備の一角を担う織殿では、薫の怒声が響いていた。
「こんな設計、火薬提灯の飛距離が足りねえに決まってんだろうが!! 実戦舐めてんのか、夕貴!」
夕貴は資料を胸に抱きながら、一歩も引かずに言い返す。
「でも、薫さんの提案だと火薬量が多すぎて……織殿の柱ごと燃える可能性があるの。陽動のつもりが本当に炎上しては意味がない」
「は? 何びびってんだよ。陽動ってのは“派手に騒げりゃ勝ち”なんだよ!」
「派手に燃やせば正義になるっていうのは、私には理解できない」
その言葉に、薫の眉がぴくりと動いた。
「おまえな、じゃあどうすりゃいいんだよ!」
「私の設計だと、煙だけを先に出す構造にして、その後で“遅延発火”で音と光を出すようにしてる。だから見かけほど危なくは――」
「ちまちま計算してっから、お前の計画は時間がかかるって言ってんだよ!」
声が、交錯する。
言葉が、かみ合わない。
二人のあいだには、まるで機を逆さまに織ったような“ねじれ”が生じていた。
夕貴は唇を噛んだ。
「この人とは、やっぱり合わないのかも」――心のどこかでそう思いかけていた。
だが、そのとき。
「……私はね」
薫の声が、ふいに小さくなった。
「負けたくないんだよ、あいつらに。正面から、堂々と。……あの時、父ちゃんが殺されたのに、誰も戦わなかった。逃げた。私は、逃げたくないんだよ」
夕貴ははっとする。
初めて聞いた、薫の過去。
感情を露わに怒鳴るその下には、悔しさと後悔がずっと潜んでいたのだと、ようやく気づく。
「……薫さん」
「おまえの言うとおりだ。私の案じゃ危なっかしい。でもな、危険を恐れて縮こまってたら……誰にも“本気”は伝わらねえ」
沈黙。
夕貴は、資料を広げた。
計算式と図面を並べ、深呼吸ひとつ。
「じゃあ、こうしよう。火薬量は薫さんの想定通り。ただし、私の遅延装置を中に仕込む。発火と同時に風圧で火が拡散しないよう、内部に遮断布を挟む――これなら、派手にいきながらも暴発の危険は抑えられる」
薫の目が細められる。
「……おまえ、ケチつけるだけの奴じゃなかったんだな」
「違いは、合わせるためにある。争うためじゃない」
夕貴は、まっすぐ言った。
その眼差しには、自分と向き合い、相手とぶつかって、それでも“共に”前に進もうとする誠実さが宿っていた。
薫は鼻を鳴らして、どっかり座りなおす。
「よし、組んでみるか。火薬提灯の改良型《双層閃光灯》――おまえの“クソ真面目な計算”で、どこまで派手にできるか、見せてもらおうじゃねえか!」
「任せて。私は派手より“精密”が得意だけど……たまには、燃えるのも悪くないかも」
ふたりは、道具を並べ始めた。
反発から生まれた共鳴。
意見の“違い”が、やがて強力な“彩り”へと織り成されていく。
その夜の工房に、かすかな火薬の匂いと、笑い声が交じった。



