夜も更け、舞踏会は仮面と笑顔の陰に、静かな闇を孕みはじめていた。
――その頃、会場裏の通用門。
御簾の奥で楽の音が流れるその裏側、ほの暗い廊下には人の気配もなく、湿った空気だけが漂っていた。そんな中、一つの影が音もなくすべるように進む。
「……見慣れぬ面が多いな」
小声で呟いたのは、密偵・凌。布で覆った顔からのぞく眼差しは、鋭く冷静だ。
この夜、彼の任務はただ一つ――潜入者の排除。
すでに、五人の侵入者の存在を確認していた。いずれも身のこなしは素人ではない。帯刀し、顔を伏せ、華やかな舞踏会とは明らかに異質な気配を纏っている。
(完全に“狙って”いる。拓巳様の動きが読まれているな)
だが、凌は追わなかった。
むしろ、ゆっくりと、足音を刻んで歩き出した。
――コツ……コツ……コツ……
深夜の廊下に、音が控えめに響く。照明は落とされ、半月の光が障子越しに揺れていた。
やがて、朱塗りの柱が見えてくる。
それが“目印”だった。拓巳と事前に打ち合わせた“誘導の要”。
凌はそこで、わざと手を滑らせて壁を叩いた。
――カンッ。
響く、乾いた音。
その音に、刺客の一人がぴくりと反応する。
「……そこの者、何者だ」
沈んだ声が飛ぶ。だが、凌は振り返らず、背中を向けて歩き続けた。
ひとつ、ふたつ、三つ――。
間を空けながら、しっかりと“見つかるよう”に移動する。
(誘導には“間”がいる。焦らず、確実に引き込む)
廊下を曲がったところで、彼は立ち止まった。
刹那、背後で音もなく気配が近づく。
刺客たちは油断のない目で、彼の動きを観察していた。だが、その“静けさ”こそが罠だった。
障子の内側、影の中で気配を殺して待機していた凌の身体が、まるで仕掛けられた罠のように動く。
「――ここから先は、通れない」
その言葉と同時、障子が跳ね上がり、凌が躍り出る。
最初の刺客の刃が振り下ろされた瞬間、凌の短棒が一閃し、その手首を打ち砕いた。
「っ、ぐ……!」
武器が床に落ちる。
「次」
感情の一切ない声と共に、彼は回転するように身をひるがえし、次の刺客の膝裏を打つ。
鈍い音がして、男が崩れる。
そのまま、間を置かずに三人目、四人目、五人目――。
まるで練達の舞のように、音もなく、感情もなく、影が敵を制圧してゆく。
――わずか三分。
刺客たちは全員、倒れていた。
誰ひとり、声を上げる暇もなく、刃を振り抜く間もなく。
その場に立ち尽くしたままの凌は、ようやく短棒を収め、小さく息を吐く。
「……任務、完了」
その言葉には、勝利の実感も、達成の高揚もなかった。
ただ、定められた“手順”を完了したという、報告のような響き。
返答はない。誰もそこにいない。
だが、凌は何も言わず、静かにその場を離れていった。
――音もなく。
宴は続く。
だが、その裏で一滴も血をこぼさずに、舞踏会の“血の一幕”は、密やかに幕を下ろしていた。
――その頃、会場裏の通用門。
御簾の奥で楽の音が流れるその裏側、ほの暗い廊下には人の気配もなく、湿った空気だけが漂っていた。そんな中、一つの影が音もなくすべるように進む。
「……見慣れぬ面が多いな」
小声で呟いたのは、密偵・凌。布で覆った顔からのぞく眼差しは、鋭く冷静だ。
この夜、彼の任務はただ一つ――潜入者の排除。
すでに、五人の侵入者の存在を確認していた。いずれも身のこなしは素人ではない。帯刀し、顔を伏せ、華やかな舞踏会とは明らかに異質な気配を纏っている。
(完全に“狙って”いる。拓巳様の動きが読まれているな)
だが、凌は追わなかった。
むしろ、ゆっくりと、足音を刻んで歩き出した。
――コツ……コツ……コツ……
深夜の廊下に、音が控えめに響く。照明は落とされ、半月の光が障子越しに揺れていた。
やがて、朱塗りの柱が見えてくる。
それが“目印”だった。拓巳と事前に打ち合わせた“誘導の要”。
凌はそこで、わざと手を滑らせて壁を叩いた。
――カンッ。
響く、乾いた音。
その音に、刺客の一人がぴくりと反応する。
「……そこの者、何者だ」
沈んだ声が飛ぶ。だが、凌は振り返らず、背中を向けて歩き続けた。
ひとつ、ふたつ、三つ――。
間を空けながら、しっかりと“見つかるよう”に移動する。
(誘導には“間”がいる。焦らず、確実に引き込む)
廊下を曲がったところで、彼は立ち止まった。
刹那、背後で音もなく気配が近づく。
刺客たちは油断のない目で、彼の動きを観察していた。だが、その“静けさ”こそが罠だった。
障子の内側、影の中で気配を殺して待機していた凌の身体が、まるで仕掛けられた罠のように動く。
「――ここから先は、通れない」
その言葉と同時、障子が跳ね上がり、凌が躍り出る。
最初の刺客の刃が振り下ろされた瞬間、凌の短棒が一閃し、その手首を打ち砕いた。
「っ、ぐ……!」
武器が床に落ちる。
「次」
感情の一切ない声と共に、彼は回転するように身をひるがえし、次の刺客の膝裏を打つ。
鈍い音がして、男が崩れる。
そのまま、間を置かずに三人目、四人目、五人目――。
まるで練達の舞のように、音もなく、感情もなく、影が敵を制圧してゆく。
――わずか三分。
刺客たちは全員、倒れていた。
誰ひとり、声を上げる暇もなく、刃を振り抜く間もなく。
その場に立ち尽くしたままの凌は、ようやく短棒を収め、小さく息を吐く。
「……任務、完了」
その言葉には、勝利の実感も、達成の高揚もなかった。
ただ、定められた“手順”を完了したという、報告のような響き。
返答はない。誰もそこにいない。
だが、凌は何も言わず、静かにその場を離れていった。
――音もなく。
宴は続く。
だが、その裏で一滴も血をこぼさずに、舞踏会の“血の一幕”は、密やかに幕を下ろしていた。



