「で、早速なんだけどお願いがあります」

 並んで駅に向かって歩き出した所で即行切り出した私に、じっとりとした目を向けた瀬戸内君が溜め息をついた。

「なんで?」
「?」
「なんで俺? 意味がわからない」
「あぁ……ね。それは私もなんだけど……」

 事情がわかってるような言いようの瀬戸内君に、どうやら桃華先輩は言っていた通り、すでに瀬戸内君に話を済ませているのだと理解した。

「なんで夜のプールに確認しに行かなきゃなんないんだろう……本当、突然言い出したんだよ」
「先輩が?」
「そう。『プールの水死体って知ってる?』って。それまでイライラの解消法が見つからない、みたいな話をしてたんだけど……」
「おまえ、すぐ外に出すもんな。人に解決させようとするのまじでよくないからやめろよ」
「人に解決させようとしてるわけじゃないんだけど」
「自分だけで解決出来てないんだから合ってるだろ。自分の機嫌は自分で取んの」
「…………」

 なんかめちゃくちゃ偉そうに言ってくるけどさぁ。

「それを言うなら瀬戸内君もだと思いますけど。いっつもいっつも嫌なこと言ってきてさ、イライラしてますって態度出すじゃん。嫌いだって普通面と向かって人に言わなくない?」
「普通はな。それだけおまえのこと特別嫌いなんだよ。こんなことでもなかったら一生関わってない」
「えー……そこまで言う……?」

 なんか酷い言われようだ。私、そこまで言われるほどのことした? ……わからない。だって始めからこの人はこんな態度だったし。

「瀬戸内君は私の何を知ってるの?」

 まるでそう言い切れるほどに私という人間の全てがわかってるみたいな言い方だ。正直私達の仲はそこまで深くないし、付き合いも長くないのに。

「私は君のこと全然知らないけど、嫌な奴だというのはわかってる」
「あ、そう」
「でも約束は守るし、嫌だと思ってる人間に付き合ってくれる真面目な所もあるし、本気で謝る人間を突き放さないことも知ったから、嫌いではない」
「俺も、おまえが嫌われてるのわかった上でその嫌ってる相手に図々しく世話になれる人間なのはよーく知ってる」
「そういう嫌味がすぐ思いつくとこ最悪だと思う」
「カチンとくるとすぐキレるとこいい加減にした方がいいと思う」

 あぁもう! ああ言えばこう言う……!

「とにかく! 嫌うにも理由がいるっていうか、何かしらの原因があるはずなのに、なんで私は瀬戸内君に始めから嫌われてたんだろうって話をしてるの! だって私のこと知らなかったんだよね?!」
「…………」
「おかしくない? 知らない人にそんな態度取らないんだよね? そうなると君の言ってることとやってること矛盾してない? そこまで嫌われてるとなると、もしかして私のこと知ってたんじゃないかとすら思うんだけど!」
「…………」

 私の言葉に、瀬戸内君は私を見つめたままじっと黙り込んだ。何か心当たりでもあったのだろうかと、私もその視線と正面から向き合い口を閉じる。
 それは何かを考えているようにも見えたし、私の心の内を探っているようにも見えた。どう返すべきか悩んでいるようにも、責める言葉を探しているようにも。
 ——そして、

「何おまえ。もしかして俺がストーカーなんじゃないかって疑ってる?」

 不機嫌そうな声とともに、返ってきたのはそんな言葉。自分では思いつきもしなかった、私の予定してたものと全く違ったその方向性。
 瀬戸内君が、ストーカー?

「そんな馬鹿な」

 あり得ない。ていうかよくそんなこと思いついたな。

「そんなこと思いもしないよ。もしそうだとしたらもう少し私に優しいと思う」
「十分俺は優しいだろ」
「もし私のストーカーで私のこと好きなの隠そうとしてそんな態度だったとしても、もう少しくらい褒めてくれると思う」
「でも俺って優しいし真面目だから、おまえのこと褒めてくれなくても、結局おまえのお願い聞いてくれるしな」
「……え?」

 お願いを聞いてくれる?
 その、おまえのお願い、というフレーズではっと我に返る。そうだった、お願いがあるんだった、と。
 つまり、承諾してくれるってこと?

「夜、プールに来いって言われてるんだろ」
「! そ、そう!」
「仕方ねぇから付き合ってやるよ。先輩にも念をおされてるしな……」
「……本当に瀬戸内君、桃華先輩には逆らえないんだね」

 遠い目をする瀬戸内君に、わかるよ。先輩怒らせると怖いもんねと心の中で頷いた。それだけであの瀬戸内君が付き合ってくれる理由に説得力が出るのだから桃華先輩ってすごい。

「でも夜って何時?」
「二十一時とかでいんじゃね? もう誰も居ないだろ」
「……そうだよね、誰か居たら大変なことになっちゃうもんね。わかった。じゃあ駅に集合で」
「はいはい」