キーンコーンカーンコーン
 放課後を迎えるチャイムが鳴る。普段だったらようやく帰れるのだと開放感を感じるお知らせなはずなのに、今日の私にとってのそれは地獄の始まりの合図だった。

「おい、行くぞ」

 不機嫌そうな瀬戸内君がいつものように教室の前の扉から顔を出したけど、その声は明らかに沈んでいて、いつもはあれでも気を遣ってくれてたんだなと、余計に心が重たくなった。
 あんなこと言わなければよかった。なんて思ってももう、過去には戻れない。
 ……そんなことばっかりだな、最近の私は。

 のろのろと教室を出る私を確認して、瀬戸内君は昇降口に向かって歩き出し、それに私はついていく。いつもと同じ。いつも通りの事務的な動き。
 でも、いつもだったら私より先に着く瀬戸内君が私の靴箱の前で待っててくれるけど、今日の彼はそこに居ない。もう自分の靴箱の前に居て、こっちなんて見向きもしない。
 完全に怒ってるし、本格的に嫌われてしまったのだ。

「……はぁ」

 込み上げてきた嫌な気持ちと一緒に逃げ出すように、溜め息が勝手に胸の内から溢れ出てくる。
 そのまま、また入ってたらどうしよう、なんて怯えられるような心の余裕もなく靴箱を開くと、そこにはいつもの手紙が入っていた。あぁ、今日もか、くらいの気持ちで内容を確認すると、そこには、『そんな君も素敵だよ』なんて書かれている。
 ——『そんな君も、素敵だよ』
 ……そんな君って、どんな君?

 その一文に、ぞっと鳥肌が立つくらい怒りが込み上げた。まるで心の嫌な部分に触れられた気分だ。今はこんなものに構ってる暇はないというのに、まるで自分の存在を主張するように、その手紙は自分に、そして私の今に、目を向けさせる。

 何それ。それって今のどうしようもなく落ち込んでる私のこと? それとも瀬戸内君を怒らせた嫌な私のこと?
 そんな私が——素敵?

 バンッと、思わず勢いよく靴箱を閉めていた。わざとじゃない。苛立ちが込み上げてまた外に出てしまったのだ。
 そんな私を瀬戸内君が冷ややかな目で見てるのがひしひしと伝わってくる。またやってるよこいつ、とでも思われてる。でも仕方ないんだ、だってイライラする!
 つかつかと私は感情のままに瀬戸内君の前に立った。そして、

「昨日はごめん!」

 お腹の中から全てを吐き出すようにそれを告げると、冷たい目をする瀬戸内君と正面から向き合って、思い切り頭を下げた。

「私が間違ってた。瀬戸内君の言う通りだった。反省してます。今の私はとんでもなく嫌な奴だし性格も悪い」
「…………」
「八つ当たりしました。だって羨ましかったから。本当はあの人がストーカーかもなんてこれっぽっちも思ってない。言い負かしてやりたかっただけだった。なので本当にごめんなさい」

 こんな私のどこが素敵なんだと、素敵なわけあるか!と思うと、自然とやりべきことに辿り着けた。そうだ私、瀬戸内君に謝ってなかったなって。
 怒らせちゃったなら、傷つけちゃったなら謝るべきだ。友達ってそういうものだって思い出した。
 瀬戸内君がどう思っていようが私、瀬戸内君のこと友達だって思ってる。

「…………」

 返事がないのでそっと下げていた頭を上げてみると、そこにはぎょっとした表情で一歩身を引いた瀬戸内君が固まっていた。その反応がどういう感情からきたものなのか、私にはすぐにわかった。
 ——引いてる。こんな所で突然大声を出す私に、空気を読まない唐突の謝罪に、瀬戸内君は引いている!

「ちょ、引かないでよ! 決死の覚悟でした謝罪なのに!」
「…………」
「何か言ってよ!」
「……あー……」

 そして、視線をうろつかせた瀬戸内君は諦めたように私を見ると、

「俺も、ごめん」

 そう呟いて、ふいっと後ろを向くと逃げ出すように歩き出した。私を置いてきぼりにして。

 ……俺もごめん、だって。
 自然とニヤつく顔をそのままに、先を行く瀬戸内君を追いかけて横に並ぶ。瀬戸内君はちらりと私の顔を見て、「笑ってんじゃねーよ」と心底嫌そうな顔をした。

「瀬戸内君も悪いことしたと思ってたんだ」
「うぜー。おまえがまじになって謝ってくるから応えてやったんだろ」
「ふふっ」
「それやめろ!」

 だって嬉しくて。なんて言葉は口にしてやらなかった。素直じゃないんだなぁ、なんて。それは私もか、なんて。嫌な奴だけど、嫌な人間じゃないのだ、瀬戸内君も私も。
 似たもの同士、瀬戸内駿という人とはこれからもやっていけそうだなと思った。
 そう、思えるようになった。