「!」
「……入ってんな」

 ドクドクと、心臓が大きく動きだす。
 今度は何が書いてあるんだろう。
 早く内容を確認しないとと思うのになかなか動き出せないでいると、横からすっと伸びてきた腕がそれを攫っていった。それは瀬戸内君のものだった。

「『君の輝きが見たい』だって」
「……輝き」
「つまり何? もっと輝くおまえを見せろってこと? あ、もっとおまえを輝かせるためにここに願いを書いたってこと?」
「……わかんない」

 輝く私が見たいのだとしたら、それは今の私がこの人から見て輝いていないということになる……そんなことを思うと、ふっと心に灯る小さな灯りが消えた。
 やっぱり、そうなのかな。
 そして真っ暗になった心の中の、見たくない部分だけにスポットライトが当てられた気分になり、自分と向き合わされる時間がやってくる。この時間が私は大嫌いだった。だって、過去にはもう戻れないのだから。

 その時、ふっと鼻で笑う声が隣から聞こえてきて目をやると、瀬戸内君が小馬鹿にするような笑みを浮かべてこちらを見て、「思うんだけどさぁ」と、手紙を私に手渡した。

「現実にする靴箱、だっけ。つーかその願い自分の靴箱で出来ねぇの?」
「……ふっ、確かに」

 その通りだ。靴箱に入ってればいいのなら、わざわざ他の人の靴箱で願わなくてもいいと思う。

「みんな基本的に他の人の靴箱に入れてるみたいだけど、別に自分の靴箱でもいいよね。だけどそうしないってことはやっぱりこれは人に伝えるための手段なのかな」
「自分の願いなのにな。じゃあこいつの勝手な願いを読んだおまえが内容気にして輝き出したら、それはおまじないが成功したことになるってこと? それが現実にする靴箱の正体なんじゃね?」
「あはは、じゃあ私が輝かないと靴箱に入れても現実にならなくなっちゃうから頑張らないと」
「そうなったらストーカーの願い叶えてんのおまえじゃん」
「それはよくないね。リクエストボックスになっちゃう」

 なんて話してるうちに、段々楽しくなってきて、なんてことないような気持ちになってきた。いつの間にか心の灯りが元に戻っている。

「ほら、さっさと行くぞ」

 そして、もう靴を履き替えて待っている瀬戸内君の声掛けに急かされながら、一緒に駅に向かって歩き出した。
 瀬戸内君って不思議な人だな。
 あからさまな言葉で励ましたり元気づけたりするんじゃなくて、遠回しにその結果へ持っていこうとする。まるで自分を良く見せたくないみたいな、自分の気遣いに気付かせたくないみたいな。そういう繊細な心遣いが出来る人なのかもしれない。
 今まで周りに居なかったタイプである。そんな人に初めて会ったと思う。
 そういえばまだ聞いてなかったけど、桃華先輩とはどういう関係なんだろう。

「瀬戸内君って私と同じ学年だよね? いつから桃華先輩と知り合いなの?」
「あの人とは……まぁ、去年とか」
「去年? じゃあ結構最近じゃん。何で知り合ったの?」
「……この高校の情報もらったりするために知り合いを通じて、みたいな」
「あぁ、入学するためにお世話になったってことか。だから今回桃華先輩の頼みを引き受けたってことね?」
「……そういうこと」

 なるほどなぁ。それなら断れなかったのも納得がいく。

「よかったね、無事入学出来て」
「けどそのおかげでこんな面倒ごとに巻き込まれてるけどな」
「それは本当にごめんて……」
「別に。謝られたって俺の面倒ごとは消えないんだから嬉しくない。ストーカーだかなんだか知らないけどさっさと満足して終わらせて欲しい」
「…………」

 やっぱり、そこまで気を遣ってくれてるわけじゃなくて、ただ偶然の結果かも。
 あまりにも刺々しく言い捨てるそれは心底くだらないと感じてるような態度で、それを聞いた私がどう思うだろうというところまで考えてくれているような感じは一切なかった。

「『嫌な奴だけど嫌な人間では無いんだよ』」
「は?」
「桃華先輩が君のことそう言ってたよ。私もそう思う。もっと優しく話せば良い人だと思われるのに」
「優しい振りしたところで俺は俺だからな。嫌な人間じゃないなら問題ないだろ」
「……まぁ、そうだけど」

 何とも思ってない顔で瀬戸内君はそう答える。自分の態度がどんなだろうと嫌な人間じゃないことはみんなにわかってもらえると思っているのだろうか。
 それだけ自分に自信があるということ?
 それか逆に、周りからの評価には興味がないということ?

「私のことはどう思う?」
「…………」

 じゃあ瀬戸内君はみんなのことをどう思ってるのだろうと気になって、そう訊ねてみた。
 瀬戸内君は眉間に皺を寄せてあからさまに嫌な顔をする。
 そして、

「そういうことばっか気にしてるからおまえのこと嫌いなんだよ」

 その表情通りの嫌悪感を露わにした言葉を当然のように返されて、カチンときた。

「仕方ないじゃん。私はそのせいで嫌な目に遭ってきたからね。君にはわかんないだろうけど」
「はいでた、私は特別です発言。そろそろ卒業しろよ。もう今のおまえは違うんだから」
「……違うよ。違うけどさぁ」

 私の一挙手一投足をその場に居る全員が注目するあの感覚。どこにも逃げ場がない場所に立たされるあの経験。
 称賛も非難も、全て私へ向けられたもの。私が受け取り、背負うもの。その全てが私を苦しめていた。その全てが私を私としていた。

「そう簡単に、忘れられるものじゃないんだよ」

 今の私はあの頃と違うのだとわかっているけれど、わかっているからこそ切り捨てられないでいるのだ。過去と今を並べて比べて、ずっと私は正解を探してる。

「君みたいな自分の評価で自分が決まる単純な世界しか知らない人には一生わかんないよ。そちらこそもっと視野を広げてみてもいいんじゃないでしょうか」
「くっそどうでもいいわ」

 瀬戸内君の言葉は酷く冷たく、私を突き放す。多分、こういう私のことを彼は嫌いなんだと思う。私と彼は基本的に住む世界が違うし考え方も違うから。
 でも別に、それでいい。

「私も。君からどう思われようとどうでもいい」

 そんな風に、瀬戸内君には思えた。だって瀬戸内君は私のことをどうでもいいと思ってる。どんな私でも関係ない。でも、例え嫌っていたとしても約束がある限りそれを破れない真面目な人だから、この人はどうだろうと明日からも私の側に居る人だ。

「は? じゃあ自分のことどう思うかなんて聞くなよ、気持ち悪い」
「聞くのは自由じゃん。君という人がわかってよかったよ」
「気持ち悪い」
「二回言わなくても聞こえてます」

 きっと、私たちの間に互いをどう思っているのかという考え自体が必要ないのだと思うと、それはとても気楽な関係に思えた。
 私の求めるものではないけれど、それはそれでいいと思う。