「あ! 奈々美!」
「……桃華先輩?」

 次の日、登校すると正門の所で桃華先輩が立っていて、私を見つけると駆け寄ってきてくれた。そんなことは初めてで、驚いて私からも駆け寄ると、先輩はすごく真剣な顔で私のことを上から下まで確認し始める。

「せ、先輩?」
「何事も無い? 大丈夫?」
「へ?」
「ここに来るまでに変な目に遭ったりしてない?」
「あ、はい。特に何も……」
「そっか、それなら良かった……ほら、昨日また手紙が入ってたって瀬戸内から聞いたから」

 ほっとした表情を浮かべた先輩は手紙の内容や私の様子など、昨晩に瀬戸内君から報告を受けたのだと説明してくれた。そこで昨日の私が思っていた以上に怯えていたと瀬戸内君から伝えられ、一人で校舎に入るのは怖いかもしれないと、私が来るのを校門で待っていてくれたのだそう。

「じゃあ本人からの接触は今の所手紙だけなんだね」
「はい。でも、いつどこで見てるのかわからなくて……なんか、私のことすごく知ってるみたいなんです」
「秘密を知ってるって書いてあったんだよね。あと、願いを叶えてあげるって。でも奈々美の願いは今この学校に来ることで叶ってるはずなんだよね? クラスでも隠してるんでしょ?」
「……はい。あ、でも、昨日瀬戸内君が……」

 と、その瞬間。キッと先輩の目つきが変わり、「あいつが何かした?!」と、物理的に一歩足を踏み込んで訊ねて来たので、あ、これは瀬戸内君が怒られるやつだ、とすぐに察した。先輩は昔から怒り出すと怖いのだ。

「あ、いえ、ちょっと声が大きかったんですけど、すぐに場所を移したので多分大丈夫だと思います……」
「他には? その感じ、きっと迷惑かけたんだね?」
「いや、迷惑は別に……まぁ、始めは何だこいつって思ったし、デリカシーがないっていうか、話し方もいちいちムカつくなって思う部分はあったけど……」
「やってんな、あいつ!」
「でっ、でもなんか、最後には慰めてくれた……というか、思ったより真面目な人なのかも、みたいな……」

 そう。あんなにずっと面倒臭そうだったのに、手紙を見つけてパニックになる私に大丈夫だと言ってくれた。事情を知ったら放り出せないって、秘密を守るのを手伝うって言ってくれた。

「昨日怖くなっちゃってこれからのこともお願いしたら引き受けてくれたので、今日も送ってくれることになったんです。一人だと帰りに手紙が入ってるか確認するのも怖かったから正直助かります。桃華先輩、紹介してくれてありがとうございます」
「……うん。まぁ、二人が上手くいきそうなら良かったけど、実はちょっと心配してたんだよね」
「心配?」
「だってもうわかってると思うけど、嫌な奴じゃん?あいつ。でも嫌な人間ではないんだよ。案外責任感あるし……あいつが居るじゃん!って勢いで決めちゃった後で、奈々美と上手くいくかなってちょっと心配だったんだ」
「…………」

 まぁ、先輩の言う通り、確かに嫌な奴だった。初対面であれは無いと思うし、こんな理由がなかったら隣を歩くこともなかったと思う。
 でも、一晩経った今はそのくらいの方が気を遣わないでいいのかもと思い始めていた。私のことなんてどうでもいい、くらいの感覚の人といる方がこっちも気が楽だ。だから瀬戸内君が選ばれたのかな、と思うくらいに。

「……あの人だったら嫌な時に嫌だって突き放しやすいし、後になって逆恨みしたり変に執着したりしなそうなので、やり易いです」
「うん、そう。それはその通り。前向きに受け入れてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそです。桃華先輩にもご心配おかけしてすみません。ありがとうございます」

 感謝の気持ちを伝えようときちんとお辞儀をすると、桃華先輩は慌てて私の頭を上げさせた。「そんなお礼なんていいんだよ」と言ってくれた先輩は、私をそのまま教室まで送ってくれる。

「あいつになんかされたら私にすぐ言いなね」

 そう言って自分の教室に戻っていく先輩の後ろ姿はとても大きく見えた。とっても頼りになる、優しい先輩だ。
 誰も居ないからと選んだ高校だったけど、先輩が居てくれて良かったな。
 でも、先輩と瀬戸内君ってどういう関係なんだろう……?


 ——そして迎えた放課後。チャイムが鳴ってすぐ、教室の前の扉から顔を出したのは昨日と同じ瀬戸内君。

「居た、小向。行くぞー」

 他のクラスだという感覚は無いのだろうか。当然のように教室内全員が振り向くような声の大きさで呼ばれるから、過去がどうとか関係なく目立ってしまう。
 しかも来るのが早い!
 まだたくさん残っているクラスメイトから集まる視線を防ぐように俯いて、慌てて鞄に荷物を詰めると後ろの扉から廊下に出た。
 瀬戸内君は出てきた私を確認するとするりと昇降口の方へ向かっていくので、私もそれに続く。

 特に会話も無く靴箱に辿り着くと、先に着いた瀬戸内君は私が来るのを待っていたようで、私の靴箱の前に立っていた。

「……もしかして、私の靴箱先に開けた?」
「は? そんなことしねぇよ。さっさと開ければ?」
「……うん」

 恐る恐る扉を開いてみると、そこにはまた、一枚の白い紙が。