心の奥が熱く燃え盛っていた。グラグラと煮えている。これは私の思いの熱さだ。

「そう……わかったよ。でも残念ながら教えられない」
「なんでですか? 朔夜さんも知らないから?」

 そう訊ねると、朔夜さんは何も言わずにニコリと笑った。そして、「いい考えがあるよ」と。

「瀬戸内君が繋がってるんだから、奴を利用しよう」
「でも絶対に教えてくれないと思います……あの人頑固だから」
「ふふっ、小向さんは瀬戸内君のことよく知ってるんだね。いい奴だった?」
「……はい、まぁその分嫌な奴でもありますけど」

 そう答えると朔夜さんは嬉しそうにニコニコ笑って、「じゃあ大丈夫」と、私にその作戦を預けた。

「上手く行きますかね……?」
「きっと大丈夫だよ。瀬戸内君だもん」

 
 そして次の日、作戦は実行されることになった。


「……行くぞ、小向」

 教室に顔を出した瀬戸内君はどことなく神妙な顔つきをしていた。そんな瀬戸内君と一緒に私は靴箱に向かう。
 その間、お互いに特にこれと言って特別なことを話したりなんかはしなかった。ずっとずっと黙って何かを考えている瀬戸内君。その横顔を探るように眺めながら、いつもとは違い、まず私の靴箱に一緒にやってきた彼に問いかける。

「今日は先に自分の靴、履き替えに行かないの?」
「あ? あぁ、いいよ。もうここに居るし。一緒に確認する」

 ハッとしてしれっとそんなことを言う瀬戸内君に、「ふ〜ん……」と興味なさげな反応を作りながら靴箱を開けると、そこにはいつも通り、一通の白い紙が入っている。
 じっとそこから目を逸らさない瀬戸内君の視線を感じながらもったいぶるようにそれを取り出すと、そっと彼にも見えるようにそれを開いた。

『今日の手紙はこれだけだった?』

 その文面を目にした瀬戸内君が目を丸くして息を呑む。

「おまえ、これ……」
「? 瀬戸内君が入れたんじゃないの?」

 サッと青ざめる瀬戸内君は期待通りの反応で、つい胸が弾むのを抑え込むように無表情を決め込んだ。
 瀬戸内君は悩んで、迷っている。そうだ、言ってしまえ。君の知ってることを今、洗いざらい吐いてしまえ。
 ——そう、願っていたのに。

「……いや、いつもと内容の感じが違うなと思って」

 そう言うと、瀬戸内君はすっと表情をいつもの素っ気ないものへ作り直す。そして、

「何なんだろうな、これだけだった?って。なんで他人ごと?」

 と、見当違いの方向へ舵を切った。それは私の思惑と完全に違う方向へ向かった反応で。

「……そうだね」

 思わずガッカリしたことが声に表れてしまい、トーンが一つ下がってしまった。

「何? 落ち込んでんの?」

 それを聞き逃さない瀬戸内君の鋭さは、何かを警戒しているようにも見える。本当に察しがいい人だ。さて、どう動くべきなのか……

「……落ち込んでないし」

 とりあえず、いつもみたいに答えてみて……

「そう? 当ててやろっか。おまえが考えてること」
「……え?」

 すっと私を見つめるその瞳に、ぎくりと身体が強張った。まるで私の考えなんてお見通しだと、自分の思惑がリアルタイムで暴かれている気がして仕方ない。だって瀬戸内君だ。瀬戸内君ってそういう人だ。
 どうしよう、バレてたらどうしよう……!

「おまえのこと書いた内容じゃなかったからガッカリしたんだろ」
「……へ?」

 ん? なんて?と、瀬戸内君をパチパチ瞬きをしながら見つめると、瀬戸内君は嫌味を言う時の笑顔を浮かべていて、

「おまえってすげーナルシストだもんな。手紙で褒められるの楽しみにしてんのバレてんだよ。残念だったな、今日は褒められなくて」
「…………」

 予想外の展開に思わずの無言である。それを瀬戸内君は図星なのだと受け取ったらしい。
「まぁ気にすんなよ。こんな日もあるって。な?」なんて私を慰めるようなことを言うと、そのまま自分の靴箱へ行ってしまった。
 ……これは、作戦失敗か?
 がっくり肩を落として自分で書いた手紙を鞄につめて靴を履き替えた。

 ——そう。これは私が書いた手紙だ。
 昨日朔夜さんが立てた作戦だった。瀬戸内君が手紙を入れる時に別の手紙が入ってたとしたら、驚いた瀬戸内君がボロを出すのではないかと。そのボロを出したところを突いて、手紙の主の存在を吐かせる。そういう作戦だった。
 が、現実は上手くいかない。手紙の内容が悪かったのかな……瀬戸内君の手紙を暗示するような文にしてみたんだけど。それが空回りしちゃった感じがする。

 靴を履き替えた瀬戸内君が戻ってきたので向かうと、そこにはじっと考えごとをしている瀬戸内君の姿があった。やっぱりこの異変に引っ掛かりを感じてはいるようだけど、私が近づいて来たのを感じると、ハッとその表情を隠してしまった。
 そしてそのまま歩き出すので、このままでは何ごともなかったように終わってしまう!と、とにかく焦って口を開いていた。

「さっきのさ、結局どういうことだったのかな」
「さっきの?」
「ほら、手紙の内容だよ。『今日の手紙はこれだけだった?』って、まるで手紙がもう一通あったみたいじゃない? 今回も瀬戸内君が入れたんだよね?」
「…………」

 もう直接過ぎる問い方だったけど、ここまで言われたら逃げようもないだろう。さぁ瀬戸内君、君はなんて答える?
 期待を胸の奥に隠してとにかく素直な態度でその答えを待っていると、

「そうだよ。俺が入れた」

 しれっとした態度でそう、瀬戸内君は嘘をついた。嘘だ、完全なる嘘。だってこの手紙は私が今朝登校してすぐに入れたものなんだから。

 なんで? どうして? どうしてそんなことを?
 嘘をつかれたことに動揺と共に悲しみがじわりと染み出してきた。だって瀬戸内君は無責任な嘘をつかない人だと思っていたから。真面目で嘘がつけない人。つく時はその必要がある時だけだと思っていたから。
 だから今だって、私が聞けば、俺は入れてないんだって、何が起こってるんだろうって、今起こってることについて一緒に考えてくれると思ったのに。
 こんなのってない。嘘をついて今起こってる異変を無かったことにするなんて。そんな無責任なことはしない人だと思ってた。

 裏切られたと思った。騙されていたとわかった時ですら思わなかったのに。一対一の人としての関わりの中で瀬戸内君は私を裏切ることはなかった。誠実に向き合ってくれてると思っていた。だから瀬戸内君は瀬戸内君だって、あんなことがあっても受け入れられたのに。
 そんなのってないよ。私より手紙の人を守ることを選ぶの?——って、思ったのに。

「だからこれも、変わらないいつも通りの手紙だ。気にしない方がいい。きっとおまえには何の被害もないよ」

 ——そんな、思いもしない言葉が返ってきて、

「さっさと忘れて今日はたくさん寝ろ。結局それが一番なんだよ」

 なんて、いつも通りを装いながら私に告げた、その言葉。その意味とは裏腹に、表情では面倒臭くて仕方ないって顔をしていたけれど。

 ——そうか。だから嘘をついたんだ。
 私が必要以上に心配しないように、思い悩まないように配慮してくれたのだ。そのためについた嘘だった。
 思った方向に話が進まなかったのも全部、始めから全部私を気遣ってくれていたから。そんなの、なんてわかりづらい人なんだろう。

「……わかったよ、気にしないでちゃんと寝る」

 だから、私もそう答えた。彼の気遣いに答えたかったから。

 結局私の思い通りにことは進まなかったけど、でも仕方ないなって、優しい気持ちで引き下がることが出来た。手紙の送り主のことはわからなかったけど、瀬戸内君のことは知ることが出来たから。やっぱり瀬戸内君は瀬戸内君で、私の友達だったから。
 手紙の人のことはまた違う方法を考えよう、朔夜さんと一緒に。そのためにもまずはこのことを朔夜さんに報告しないと。
 ちゃんと寝ると答えておきながら裏切るみたいで悪いなと思いつつ、私はその夜、また第二美術室へと向かうことにした。