そして、瀬戸内君を置いて一人、断ち切るように靴箱に向かい歩き出す。自分の靴箱に着くと、扉を開けたそこにある手紙には、『俺を信じて』と書かれていた。
何それ。これも瀬戸内君が書いたものだと思うと何の思いも込められていないただのゴミにしか見えなかった。もうこんなものは必要ない。こんなものに縋る意味はない。だっていつも私を見てくれる人なんて、存在しなかったのだから。
あーあ、最悪。信じてたのに。今までの全てに意味がなかったなんて。
あとから追いついた瀬戸内君が隣に立つので、「もうやめてね。いらないから」とその紙切れを手渡した。すると言い訳がましく瀬戸内君はまだ訴えてくる。
「俺は書いてない。これは俺の手紙じゃない」
「はいはい。じゃあ桃華先輩が書いたんでしょ? それを君が入れたんだ」
「……確かに、手紙を入れたのは俺だ。でも先輩の手紙じゃない」
「じゃあ誰の手紙?」
「……それは言えない」
は? 何? 今更。
「言い訳が思いつかなかった? 見苦しい嘘はやめてよ。意味ないよ」
「嘘じゃない。でも今ここで俺からは言うことが出来ないんだ。それに、謎がある」
「謎?」
「そう。手紙の差出人。全部は俺もわかってなくて、それもあって、まだはっきりと言い切ることが出来ない」
「は? 何それ。瀬戸内君と先輩とあともう一人誰かが存在して、その人のことが瀬戸内君はわかってないってこと? その知らない人の手紙を君が入れてたってこと? そんなことあり得る?」
「……そうじゃない」
じゃあなんだって言うの? 何なんだろう、瀬戸内君ははっきりとは答えない。
なんで? 自分でもわかってない、みたいなこと言ってるけど、話を聞く限り、先輩でも瀬戸内君でもないなら手紙を書いてる人として、確実にもう一人存在してるはずだよね? その人のことは知ってるけど、その人のその先の繋がりまではわかってないから、はっきりと言い切ることは出来ない、ってこと? てか、言い切ることが出来ないって何? 言い切れよ、そっちが仕掛けてきたことだろ。無責任にも程がある。
腹が立つ。意味わかんない。意味わかんないけど、
「じゃあつまり、他の誰かは絶対に居るってこと?」
その部分だけは私にとっても大事なことだったから、確認の意味をこめて聞き返してやることにした。本当はもう話したくもなかったけど、でも一番重要で、一番知りたいと思っている部分だったから。そうであったならと願う部分だったから。
「うん。それはそう、絶対に」
それに、瀬戸内君は強く頷いた。私の思いに答えるように、真っ直ぐに私を見据える誠実な瞳で。その瞳には、どれだけ探しても嘘の曇りは見当たらなかった。
——居るんだ、私を見てる人がもう一人。
その瞬間、溜まった苛立ちがすっと胸を抜けていき、心がふっと軽く、丸くなる。
私にとってそれは朗報だった。そして瀬戸内君の輪郭がハッキリとした瞬間でもあった。
またわからないと答えることも出来ただろうに、瀬戸内君は真っ直ぐな瞳で私に答えを教えてくれたのだ。それは根が真面目な彼の性格を表していて、あの日々の中に存在した瀬戸内君の全てが嘘じゃなかったんだろうなと、自然と受け取れた自分がこの瞬間に存在した。
もしかして、言うなと口止めされてる合間を縫った、唯一言える一言だったのかな。
そう考えるとふと、期待はするなと言って笑ったある日の瀬戸内君の顔を思い出して、この人は本当は嘘がつけない人なのかもと、何となく思う。あの時のあれはもしかしたら、騙している罪悪感からの言葉と笑顔だったのかもしれないと。
嘘をつかれて騙されたのも彼のやらなきゃならないことであっただけで、彼本人に裏切られた訳ではないのだと。そんな風に受け入れたのは、苛立ちが抜け、希望が生まれたからかもしれない。信じたいと思ったからかもしれない。その言葉を、彼自身を。
だから、
「なんでそんなに必死なの?」
そう、信じる為に訊ねていた。真面目な人だからとはいえ、まるで私がストーカーの真実に辿り着くのを止めたがっているようにも、ヒントを与えようとしているようにも見えるあべこべなその態度はまるで、私の味方をしたいと思っているように感じられたから。
嘘はつけないけど約束は守る瀬戸内君の中での、私に対して出来る限りの対応なのかもしれないと、彼の本心が聞きたかった。
「先輩みたいになって欲しくないんだよ。おまえにはおまえのままで居て欲しい」
「……じゃあその私ってどんな私?」
「ナルシストで目立ちたがり屋で自己中心的でわがままで自分大好きな最悪な女」
「……ふふっ」
戸惑う間もなく、つらつらと連ねられる遠慮のかけらもないそれに、やっぱ瀬戸内君は瀬戸内君じゃんと思った。
わかってるじゃんと。わかってるのになんでわからないんだろうと。
「だからじゃん。だからそんな私が私で居る為に必要な人で、必要なことなんだよ」
そう言うと、瀬戸内君はすごく嫌そうな顔をした。本当にどこまでもどうしようもない奴だとでも言うように。何を言ってもわからない奴だなと呆れるように。
そうだよね、君はそういう人だ。私達はいつもそういう関係だった。君には私がわからないし、私には君がわからない。わかってるのはお互いの合わない所だけ。否定したい所だけ。
だから逆になんでも言えるし、期待もしないし、されもしない。ありのままの自分達がそこに居るだけだから。それを認め合ってるから。
「あっそう。俺は協力しないからな、勝手にしろ」
そう言い残してさっさと行ってしまう瀬戸内君を私は追いかけなかった。それが私達のおしまいの合図になると思ったから。
根本的に違う考え方を持つ私達の関係の終わりの時がついに来たのだと思った。条件付きの関係だったのだ、じゃないと出会わない私達だったのだから謎が解けた今、ここで終わるのは仕方ないことだ。きっと瀬戸内君も今、それを受け取っただろう。
そうして私達が一緒に帰ることは無くなるのと共に、瀬戸内君との繋がりもここまでとなった——と、思ったのに。
「え、何で居るの?」
次の日の放課後も瀬戸内君は私を迎えに来た。何事もなかったような顔をして。
「キモッ……おしまいじゃなかったの? そういう意味だったんだけど」
「知るか。それはおまえの勝手な判断だろ」
「そんなに私のことが好き?」
「ちげーよ。こっちは変わらず監視だよ監視」
「桃華先輩? もうバレたのに? え、しつこいにもほどがある……私以外の楽しみはないの? 次は瀬戸内君が先輩のこと構ってやんなよ」
「……はぁ」
なぜか溜め息をつかれた。何事もなかったかのような態度で開き直っている瀬戸内君に溜め息をつきたいのはこっちだというのに。
「まぁいいや。手紙入ってんだから早く行くぞ」
「いや君が入れたんだよね? もう手渡しでいいじゃん……」
「それじゃ“現実にする靴箱”にならねーだろ」
「そこ大事にしてるんだ……謎すぎる」
もう全てが終わってしまうのだと思った。瀬戸内君とそういう覚悟でわかれたから、もしかしたら手紙もなくなってしまうかもしれないと帰宅してから気づいたけれど、今日も自分の靴箱に入っていたことを知ってホッとする。まだ途切れてなかったのだと。
靴箱を開くといつも通り、そこには一通の白い紙が入っていた。
『ずっと君を見てるからね』
それはまだ終わってないと、希望を繋いでくれる言葉だった。
「うわっ、キショい……おまえよく平気でいられるな。しかも持って帰ってんだろ?」
「……そもそも君が頼まれてここに入れてんの忘れてる?」
さっきからやけにうるさい。人ごとみたいに言ってるけど自分だって手紙の人の協力者で、その人のことわかってるくせに。
そうこの手紙は瀬戸内君が受け取って、その人の代わりに私の靴箱に入れている。この手紙は瀬戸内君とは別の誰かが自分の意思で書いたもの。
——誰がこの手紙を書いているんだろう。
昨日話してからずっとずっと気になっていた。その送り主を。知りたかった、どうしても。もう瀬戸内君が教えてくれることはないだろうから、だから今日の夜はまた美術室に行こうと、そう心に決めていた——のに。
「あいつは教えたりなんてしねーよ」
まるで心を読んだみたいに瀬戸内君が水を差すようなことを言ってくる。関係ないのに。
「教えてくれるよ。何でも聞いていいって言ってたもん」
「キショい……」
「やめて。さっきから何なの? もう君には何も期待してないからあっち行って」
「仕方ねーじゃん、付き合わされてんだから」
「付き合わされてるんだからって……本当、いつまでも繋がれた犬みたいで情けない奴」
結局それが理由かと、やっぱり私のことなんてこれっぽっちも見てないんだなと思うと、イラついてそんな言葉が口を出ていた。
はっとして、流石に言い過ぎたかなと思って瀬戸内君をちらりと見ると、瀬戸内君は驚いた顔をしながら、
「な。俺もそう思うわ」
なんて、自嘲気味に笑った。何気に核心をついてしまったみたいだ。桃華先輩や手紙の人の言いなりのままでいることに、もしかしたらそれなりの複雑な理由があるのかもしれない。
「……謝んないからね」
「別に? 選択肢のない人間もいるんですよ、お嬢様」
「気持ち悪いこと言わないで」
選択肢がない、なんて。そうであるしかないということ?
謎が解けたのにまた謎が現れる。なんで? いつの間にか巻き込まれている、この手紙と瀬戸内君に。だけどもう瀬戸内君に対してはどうでもいい。だって瀬戸内君は私を見てくれないから。
そして、結局この話題はそのまま消えるように終わり、自然と天気の話とか時間割りの話とか、適当な友達みたいな会話をしながら駅まで行くと、そこでいつも通りに瀬戸内君とわかれた。
私にバレたことで瀬戸内君の中では何かが吹っ切れたような感じがする。隠すことが減った分気負うものが減ったような感じというか。もうこれ以上瀬戸内君が動くことはないのかもしれない。
そうなると余計に気になって仕方なかった。瀬戸内君に手紙を渡しているのは誰なのかが。
『ずっと君を見てるからね』
それは私を慰める言葉だと思った。私の全てを知ってる人にしか言えない言葉だと思った。
思いたかった。だから——夜になると、私は美術室の扉を開けていた。
何それ。これも瀬戸内君が書いたものだと思うと何の思いも込められていないただのゴミにしか見えなかった。もうこんなものは必要ない。こんなものに縋る意味はない。だっていつも私を見てくれる人なんて、存在しなかったのだから。
あーあ、最悪。信じてたのに。今までの全てに意味がなかったなんて。
あとから追いついた瀬戸内君が隣に立つので、「もうやめてね。いらないから」とその紙切れを手渡した。すると言い訳がましく瀬戸内君はまだ訴えてくる。
「俺は書いてない。これは俺の手紙じゃない」
「はいはい。じゃあ桃華先輩が書いたんでしょ? それを君が入れたんだ」
「……確かに、手紙を入れたのは俺だ。でも先輩の手紙じゃない」
「じゃあ誰の手紙?」
「……それは言えない」
は? 何? 今更。
「言い訳が思いつかなかった? 見苦しい嘘はやめてよ。意味ないよ」
「嘘じゃない。でも今ここで俺からは言うことが出来ないんだ。それに、謎がある」
「謎?」
「そう。手紙の差出人。全部は俺もわかってなくて、それもあって、まだはっきりと言い切ることが出来ない」
「は? 何それ。瀬戸内君と先輩とあともう一人誰かが存在して、その人のことが瀬戸内君はわかってないってこと? その知らない人の手紙を君が入れてたってこと? そんなことあり得る?」
「……そうじゃない」
じゃあなんだって言うの? 何なんだろう、瀬戸内君ははっきりとは答えない。
なんで? 自分でもわかってない、みたいなこと言ってるけど、話を聞く限り、先輩でも瀬戸内君でもないなら手紙を書いてる人として、確実にもう一人存在してるはずだよね? その人のことは知ってるけど、その人のその先の繋がりまではわかってないから、はっきりと言い切ることは出来ない、ってこと? てか、言い切ることが出来ないって何? 言い切れよ、そっちが仕掛けてきたことだろ。無責任にも程がある。
腹が立つ。意味わかんない。意味わかんないけど、
「じゃあつまり、他の誰かは絶対に居るってこと?」
その部分だけは私にとっても大事なことだったから、確認の意味をこめて聞き返してやることにした。本当はもう話したくもなかったけど、でも一番重要で、一番知りたいと思っている部分だったから。そうであったならと願う部分だったから。
「うん。それはそう、絶対に」
それに、瀬戸内君は強く頷いた。私の思いに答えるように、真っ直ぐに私を見据える誠実な瞳で。その瞳には、どれだけ探しても嘘の曇りは見当たらなかった。
——居るんだ、私を見てる人がもう一人。
その瞬間、溜まった苛立ちがすっと胸を抜けていき、心がふっと軽く、丸くなる。
私にとってそれは朗報だった。そして瀬戸内君の輪郭がハッキリとした瞬間でもあった。
またわからないと答えることも出来ただろうに、瀬戸内君は真っ直ぐな瞳で私に答えを教えてくれたのだ。それは根が真面目な彼の性格を表していて、あの日々の中に存在した瀬戸内君の全てが嘘じゃなかったんだろうなと、自然と受け取れた自分がこの瞬間に存在した。
もしかして、言うなと口止めされてる合間を縫った、唯一言える一言だったのかな。
そう考えるとふと、期待はするなと言って笑ったある日の瀬戸内君の顔を思い出して、この人は本当は嘘がつけない人なのかもと、何となく思う。あの時のあれはもしかしたら、騙している罪悪感からの言葉と笑顔だったのかもしれないと。
嘘をつかれて騙されたのも彼のやらなきゃならないことであっただけで、彼本人に裏切られた訳ではないのだと。そんな風に受け入れたのは、苛立ちが抜け、希望が生まれたからかもしれない。信じたいと思ったからかもしれない。その言葉を、彼自身を。
だから、
「なんでそんなに必死なの?」
そう、信じる為に訊ねていた。真面目な人だからとはいえ、まるで私がストーカーの真実に辿り着くのを止めたがっているようにも、ヒントを与えようとしているようにも見えるあべこべなその態度はまるで、私の味方をしたいと思っているように感じられたから。
嘘はつけないけど約束は守る瀬戸内君の中での、私に対して出来る限りの対応なのかもしれないと、彼の本心が聞きたかった。
「先輩みたいになって欲しくないんだよ。おまえにはおまえのままで居て欲しい」
「……じゃあその私ってどんな私?」
「ナルシストで目立ちたがり屋で自己中心的でわがままで自分大好きな最悪な女」
「……ふふっ」
戸惑う間もなく、つらつらと連ねられる遠慮のかけらもないそれに、やっぱ瀬戸内君は瀬戸内君じゃんと思った。
わかってるじゃんと。わかってるのになんでわからないんだろうと。
「だからじゃん。だからそんな私が私で居る為に必要な人で、必要なことなんだよ」
そう言うと、瀬戸内君はすごく嫌そうな顔をした。本当にどこまでもどうしようもない奴だとでも言うように。何を言ってもわからない奴だなと呆れるように。
そうだよね、君はそういう人だ。私達はいつもそういう関係だった。君には私がわからないし、私には君がわからない。わかってるのはお互いの合わない所だけ。否定したい所だけ。
だから逆になんでも言えるし、期待もしないし、されもしない。ありのままの自分達がそこに居るだけだから。それを認め合ってるから。
「あっそう。俺は協力しないからな、勝手にしろ」
そう言い残してさっさと行ってしまう瀬戸内君を私は追いかけなかった。それが私達のおしまいの合図になると思ったから。
根本的に違う考え方を持つ私達の関係の終わりの時がついに来たのだと思った。条件付きの関係だったのだ、じゃないと出会わない私達だったのだから謎が解けた今、ここで終わるのは仕方ないことだ。きっと瀬戸内君も今、それを受け取っただろう。
そうして私達が一緒に帰ることは無くなるのと共に、瀬戸内君との繋がりもここまでとなった——と、思ったのに。
「え、何で居るの?」
次の日の放課後も瀬戸内君は私を迎えに来た。何事もなかったような顔をして。
「キモッ……おしまいじゃなかったの? そういう意味だったんだけど」
「知るか。それはおまえの勝手な判断だろ」
「そんなに私のことが好き?」
「ちげーよ。こっちは変わらず監視だよ監視」
「桃華先輩? もうバレたのに? え、しつこいにもほどがある……私以外の楽しみはないの? 次は瀬戸内君が先輩のこと構ってやんなよ」
「……はぁ」
なぜか溜め息をつかれた。何事もなかったかのような態度で開き直っている瀬戸内君に溜め息をつきたいのはこっちだというのに。
「まぁいいや。手紙入ってんだから早く行くぞ」
「いや君が入れたんだよね? もう手渡しでいいじゃん……」
「それじゃ“現実にする靴箱”にならねーだろ」
「そこ大事にしてるんだ……謎すぎる」
もう全てが終わってしまうのだと思った。瀬戸内君とそういう覚悟でわかれたから、もしかしたら手紙もなくなってしまうかもしれないと帰宅してから気づいたけれど、今日も自分の靴箱に入っていたことを知ってホッとする。まだ途切れてなかったのだと。
靴箱を開くといつも通り、そこには一通の白い紙が入っていた。
『ずっと君を見てるからね』
それはまだ終わってないと、希望を繋いでくれる言葉だった。
「うわっ、キショい……おまえよく平気でいられるな。しかも持って帰ってんだろ?」
「……そもそも君が頼まれてここに入れてんの忘れてる?」
さっきからやけにうるさい。人ごとみたいに言ってるけど自分だって手紙の人の協力者で、その人のことわかってるくせに。
そうこの手紙は瀬戸内君が受け取って、その人の代わりに私の靴箱に入れている。この手紙は瀬戸内君とは別の誰かが自分の意思で書いたもの。
——誰がこの手紙を書いているんだろう。
昨日話してからずっとずっと気になっていた。その送り主を。知りたかった、どうしても。もう瀬戸内君が教えてくれることはないだろうから、だから今日の夜はまた美術室に行こうと、そう心に決めていた——のに。
「あいつは教えたりなんてしねーよ」
まるで心を読んだみたいに瀬戸内君が水を差すようなことを言ってくる。関係ないのに。
「教えてくれるよ。何でも聞いていいって言ってたもん」
「キショい……」
「やめて。さっきから何なの? もう君には何も期待してないからあっち行って」
「仕方ねーじゃん、付き合わされてんだから」
「付き合わされてるんだからって……本当、いつまでも繋がれた犬みたいで情けない奴」
結局それが理由かと、やっぱり私のことなんてこれっぽっちも見てないんだなと思うと、イラついてそんな言葉が口を出ていた。
はっとして、流石に言い過ぎたかなと思って瀬戸内君をちらりと見ると、瀬戸内君は驚いた顔をしながら、
「な。俺もそう思うわ」
なんて、自嘲気味に笑った。何気に核心をついてしまったみたいだ。桃華先輩や手紙の人の言いなりのままでいることに、もしかしたらそれなりの複雑な理由があるのかもしれない。
「……謝んないからね」
「別に? 選択肢のない人間もいるんですよ、お嬢様」
「気持ち悪いこと言わないで」
選択肢がない、なんて。そうであるしかないということ?
謎が解けたのにまた謎が現れる。なんで? いつの間にか巻き込まれている、この手紙と瀬戸内君に。だけどもう瀬戸内君に対してはどうでもいい。だって瀬戸内君は私を見てくれないから。
そして、結局この話題はそのまま消えるように終わり、自然と天気の話とか時間割りの話とか、適当な友達みたいな会話をしながら駅まで行くと、そこでいつも通りに瀬戸内君とわかれた。
私にバレたことで瀬戸内君の中では何かが吹っ切れたような感じがする。隠すことが減った分気負うものが減ったような感じというか。もうこれ以上瀬戸内君が動くことはないのかもしれない。
そうなると余計に気になって仕方なかった。瀬戸内君に手紙を渡しているのは誰なのかが。
『ずっと君を見てるからね』
それは私を慰める言葉だと思った。私の全てを知ってる人にしか言えない言葉だと思った。
思いたかった。だから——夜になると、私は美術室の扉を開けていた。



