——だから、びっくりした。手紙をきっかけに、まるで私の毎日をひっくり返すような人がやって来たから。

 キーンコーンカーンコーン
 授業の終わりを知らせるチャイムが鳴ると、教科担当と入れ替わるようにやって来た担任によりホームルームが始まったけれど、大した連絡がある訳でもなくすんなりと終え、そのまま放課後を迎えた。
 と、同時にやって来たのは、他のクラスと思われる見知らぬ男子生徒が一人。

小向(こむかい)奈々美って居る?」

 少しも遠慮しない態度で教室内に入って来たその男子は、クラス内全体を見渡すようにしながら大きな声で私の名前を呼んだから、みんなの視線がぴたりと私に集まった。
 それを正解と捉えた男子はズカズカと私の前までやって来ると、その大きな声で私に訊ねる。

「競泳やっててちょっと有名だった人であってる?」
「! ちょ、ちょっ、」
「困ってんだって? なんか手紙が来たとか、」
「ちょっと待って!」

 なんだこの人! なんなんだこのデリカシーの無さは!!
 クラス中の視線が集まる中、慌ててそいつの手を取ると教室を出た。行き先は——そう、とにかく人の居ない場所、見つからない所……。


「で? こんな所まで連れてきて何?」

 人目を避けて歩き続けていると、気付けば特別教室の校舎と繋がる渡り廊下まで辿り着いていた。ここならもう誰も通らないだろうと彼の手を離した所で、怪訝そうにしたそいつから掛けられたのはそんな言葉。
 こんな所まで連れてきて何?じゃないんだよほんと。

「あのさ、やめてくれる? 教室であんなこと言うの。すっごい迷惑なんだけど」
「は? こっちは頼まれたからわざわざ来てやってんだけど」
「知らないよ。来てくれなんて頼んでないし、あんな風に騒がれて知られたら元も子もないっていうか」
「別に良いだろ、どうせいつも見られてんなら」
「! それって手紙のこと……?」

 そういえば、頼まれたから来たって言っていた。それって桃華先輩が言ってた“おあつらえ向きの奴”っていうのがこいつってことだから、先輩はこいつにあの手紙の内容を見せて説明したのかな……。

「……手紙のことももちろんそうなんだけど、そうじゃなくて、教室で私のことをあんな風に大きな声で言って欲しくないってことで……桃華先輩から聞いてないの?」
「何を?」
「何って、私の過去を秘密にしてる話……というか、私の過去にあったこととか……」
「聞いたよ。でも、だから何?って感じ。それとこれとは関係なくね?」
「関係なくね?って……」

 さっきからこの人は何を言ってるんだろう。全部はっきり真意を受け取れない言葉で返ってくるからよく分からない……なんだか頭が痛くなってきた。

「とにかく、私は私のことをみんなに知られたくないの。手紙の人が知ってたとしてもそれ以上他の人に知られたくないし、注目されたくないからあんな風に言って欲しくないの」
「でも競泳やってたってだけで注目されることある? そうなんだ、で終わるだろ。おまえが思ってるより人はおまえに興味ねーよ」
「そうじゃない可能性があるから言ってんの! もしかしたらってことがあったら嫌なの。そのためにこの学校に来たんだから」
「はぁ。まぁそう聞いていますけど……なんだかねぇ」

 やれやれと、受け入れようとしない私に対して呆れてますみたいな態度を取られてカチンと来る。昔の私のこと、何も知らないくせに。

「同じじゃないの私は、他の普通の人達と。それだけ知られてたし有名だったの。色んな人から注目されてたの!」
「でも今は違うじゃん」
「じゃあなんで手紙が来たの? 実際そういう人も居るってことじゃん!」
「だから特別なあなた様が危なくないように俺に面倒みろって?」
「! べ、別にそこは私が頼んだ訳じゃないし……!」

 なんだろうこの人、なんでこんなに嫌な言い方してくるんだろう。先輩はなんでこんな人を来させたんだろう。

「まぁいいよ、おまえの考え方は理解した。秘密にして満足するならそうすれば?」
「言われなくてもそうしてる。だから私と関わるならあなたもそうして」
「はいはい、わかりましたよ。じゃとりあえずその件は解決ということで……で?」
「?」
「おまえんち遠いんだろ? どこまで送ればいいわけ?」