前回は泳いでいたことにより対応が遅れたので、今回は泳がないで待ち伏せることにする。
 向こうが泳いでるところを見に来るんだとしても、どこに現れるのかわかってるならわざわざ泳いでやる必要もないだろうと瀬戸内君に言われて、確かにと。三階の美術室の前にやって来たところで確保すればいいわけだ。

「先に美術室確認するぞ。そんで中で待てばバッチリだろ」
「でもそうなったらこのこと話さないといけなくなるよ」
「悪魔に? 別にいんじゃね、協力してもらえば。不審者同士、わかりあえる気持ちがあるかもよ?」
「えぇ……」

 そんなことあの人にお願い出来ないよ……あんなに綺麗な人なのに。なんて躊躇う気持ちがあるのを瀬戸内君は察したのだろう。

「今更何だよ。なんでここに居るんですか?って、面と向かって本人に聞くつもりなんだろ? そっちのが気まずくね?」
「いや……まぁ、そうなんだけど、瀬戸内君みたいにわかりやすく悪魔みたいだったらさぁ、楽なんだけどさぁ、そうじゃないんだよ……なんか、王子様、みたいな」
「王子様ぁ?」

 そしてゲラゲラと腹を抱えて笑う瀬戸内君にムッとしたけど、「でも本当なんだもん」としか言えなかった。さすがに王子様はなかったなと自分でも思ったから。
 会って話してもらえればわかるはず——今日も居るかは、わからないけれど。
「天使で王子様ねぇ……」と呟く瀬戸内君を無視しながら歩き続け、学校に到着すると、二人でプールではなく校舎の入り口へと向かった。

「開いてるな」
「うん……居るってことだよね?」

 もしかしたら閉まってるかも、なんて思った校舎の入り口の鍵は結局開いていて、やるしかないのだと覚悟を決める。まずは美術室の悪魔の真相解明。そしてストーカーと直接対決。やることは盛りだくさんである。
 校舎に入って靴箱で履き替えると、瀬戸内君はチラリと昇降口の扉を見て言った。

「これってさ、どっちが鍵開けてんだろうな」
「? そりゃあ悪魔さんの方じゃない? 始めはストーカーの人かと思ったけど、噂があるんじゃ私のプールの鍵みたいに一緒に受け継がれてんのかなって今は思うな」
「じゃあ受け継いでないストーカーは、なんで今夜鍵が開いてて美術室の前から見えるって知ってたんだろう」
「……確かに」

 開いてない可能性があるはずなのに、今夜会えるとなんで言い切れたんだろう。

「もし閉まってたら別の方法を取るつもりだったとか。校門で待ち伏せしたり。他にも見える場所があるとか?」
「それか、美術室の悪魔と知り合いか。グルかもよ」
「ええ? まさか……あり得ないでしょ」
「なんで言い切れんの? 綺麗で天使で王子様だから?」
「いや、だって学校の人じゃなさそうだったし……年上っぽかったよ」
「つまり、こんな時間に居るこの学校の人間じゃない年上の男だぞ?」
「……普通じゃないよね」

 言われれば言われるほど、おかしなところが露わになる。昨日は綺麗で優しい雰囲気に呑まれてしまって全然考えもしなかったけど、連日現れたストーカーの件と関わりがある可能性も確かにあるのだ。
 二人の関係性は? ただの偶然?

「ちゃんと考えろよ、怪しめ。じゃないとおまえなんかあっという間に絵にされんだからな」
「ちょ、絵って。確か秘密が暴かれるんだっけ?」
「おまえの秘密、バレたら困るんだろ?」
「……うん、そうだけど……そっか、そういう意味でもストーカーの言ってることとちょっと似てるのか……」

 確かに。確かに怪しくなってきた。

「美術室の悪魔の真相……なんか怖いけど、ちゃんと本人に確認した方がいいね」
「振り回されてばっかだからな。おまえが暴いてやれよ」
「うん。そうだね」

 そうして話しながら向かっているうちに、気づけば第二美術室の前に辿り着いていた。一人の時と違って二人だと道のりもあっという間だ。

「行くよ」

 私の声かけに瀬戸内君が頷いて、コンコンと二回ノックすると扉を開いた。

「あ——、」

 ——居た。今日も居た。
 電灯の消された暗い室内。窓から差し込む月明かり。白いキャンバスとその前に置かれた椅子に腰を下ろした、静かな空気を纏う彼——。
 思わず息を呑んでしまう。だってとっても綺麗だから。彼の瞳がこちらを向く——その表情をニコリと動かす。

「こんばんは。また来てくれたんだ」
「! あっ、」

 やばい、すっかり見惚れてた!
 声を聞くと止まった時が急に動き出し、取り戻すような勢いで時計が周り始めて頭の中が早送りしてるみたいになる。

「今日は裸足じゃないんだね。どこから何をしに来たの?」
「あ、えっと、」
「まぁとりあえず中に入りなよ。お話ししよう」
「は、はい……」

 そして誘われるがままに美術室に足を踏み入れると、好きなところに座るよう促されたので適当に置いてある椅子に座った。
 どうしよう。緊張する……!
 助けを求めるように振り返っていた。誰にって、もちろん瀬戸内君にだ。
 ——が。

「あれ?」
「ん?」
「瀬戸内君が……あれ、ちょ、ちょっと待ってください」

 慌てて立ち上がると教室の入り口へと向かい、廊下へ顔を出す。

「え……」

 そこには、誰も居ない真っ直ぐに続く静かな廊下があるだけだった。
 嘘……瀬戸内君が居ない?

「瀬戸内君!」

 大きな声で誰も居ない暗い廊下に向かって声をかけてみたものの何の返事もなく、私の声が響いただけで終わる。え……なんで?
 扉をノックするところまで居たはずなのに、そこからの瀬戸内君の記憶がしっかり残っていない。私が見惚れてぼんやりしてる間に居なくなったってこと? 美術室に入る時に?

「どうしたの?」
「!」

 びっ——くりした。いつの間にか隣に来ていたその人が、私と同じように廊下に顔を出して確認している。

「誰も何もないけど。瀬戸内君だっけ? 探してるの?」
「あ、はい。えっと、ここまで一緒に来たんですけど、見ませんでしたか?」
「うん。ドアも少ししか開いてなかったし」
「そうですか……」

 確かに……ギリギリ私一人分ぐらいしか開いてなかった気がする……だって恐る恐るだったし、そのあとは見惚れちゃったし……。

「大丈夫?」
「あ、大丈夫……ではないかも……」

 どうしよう、またはぐれちゃった。なんで? どこに行ったんだろう。一声かけてくれればいいのに!
 と、その時。鞄の中に入れてあるスマホに着信があって慌てて取り出した。画面には瀬戸内君の名前が表示されていて、急いで通話マークをタップする。

『あ、小向? ストーカー見つけた』
「! じゃあ私も」
『いや、なんか違う動き見せてるから尾行してみる。そっち任せた』
「えぇ?! そんなぁ」
『バタバタしてバレたらどーすんだよ。それにグルかもしんないだろ? そっちで見張っとけ』
「えぇ……」

 そして、じゃあなと一方的に通話を切った瀬戸内君に思わず溜め息をついて、スマホを鞄にそっと戻した。そうだった、行き違いになったりしないように桃華先輩経由で連絡先を交換してたんだった。一度も使ったことがなかったからすっかり忘れてたけど、前回の反省を活かしてちゃんと連絡してくれたってことか。

「電話の彼、大丈夫?」
「! あ、はい。なんかえっと、えっと、他の方に行ってるみたいで……」
「女の子置いて? 酷いね」
「……まぁ、いつもそうなんで……」

 おい瀬戸内、酷いって言われてるぞと心の中で思いながらもあははと笑って誤魔化して、教室内に戻る彼に続いて私も中に入ると、さっきと同じ椅子に座った。
 見張っとけよと言われた手前、投げ出して瀬戸内君の元に向かうわけにもいかないし、多分これは一人で真相解明しないといけない流れだと察したから。幸運にも、向こうは私と話す気満々でいてくれてるみたいだし。
 よし、と心を決めて向き合うために視線を上げると、ニコニコしてこちらを見る彼とピタリと目があってびっくりした。

「で、どうしてここに来たの?」

 楽しそうな、期待を込めたような瞳でその人は私に訊ねる。さて、どう答えるべきなのか……

「……昨日あなたがここに居たから、なんで居るのか確かめるためにここに来ました」

 とりあえず、ストーカーの件は伏せておくことにする。もし繋がりがあって瀬戸内君の方にいるストーカーと連絡を取るようなことをされたら困ると思ったからだ。