そしてその日はそのまま帰宅して土日を挟み、月曜日を迎えると、私は休み時間を使って桃華先輩に会いに行った。今回起こった色々なことを相談するためだ。私がやって来たのを見ると先輩は、「聞いたよ、瀬戸内から」と、第一声から頼りになる声かけをくれた。

「とりあえず、プールに居たのがストーカーかどうかは私にもわからないけど、ストーカーだと思ってもいいのかも……私も結構通ってたけどほんと誰にも会ったことないから。それが連日現れたわけでしょ? 怪しすぎだよね」
「ですよね……」
「でもちゃんと瀬戸内連れてなんとかしようとしたんだってね。立ち向かって偉い! 正体暴いて仲良くなろうとしたんだって?」
「あ、はい。瀬戸内君が思いついたんですけど、まぁ説得というか、平和的に解決出来たらな、みたいな感じで……でもそれも失敗しちゃって」
「逃げられちゃったんだってね。奈々美一人置いて追いかけてったくせにね。それはほんと瀬戸内が悪い」

 そして、「奈々美一人で校舎行ったんでしょ? 怖かったよね〜」と、桃華先輩が小さい子を慰めるみたいに私の頭を撫でてくる。どこまで本気でどこまで揶揄ってるのかがわからないので、拒否して怒らせたら大変だと、黙って撫でられることにした。だって私的に本題はここからだ。

「あの、それで桃華先輩。聞きたいことがあって」
「何?」
「その、“美術室の悪魔”って、知ってますか?」

 ピタリと、先輩が撫でる手を止める。それがそっと下ろされると、先輩はにこりと笑った。

「うん、知ってるよ。悪魔に気に入られると絵にされちゃうんだよね」
「あ、やっぱりそうなんですね……じゃあほんとにある噂なんだ」
「何? 信じられなかったの? あ、瀬戸内に騙されたと思った?」
「はい……休みの間にたくさん考えたんですけど、嘘の可能性もあるなって。ただ揶揄われただけの可能性もあるぞと」
「信用ないんだねぇ、あいつ」

 そりゃもう普段の行いがアレですからと答えると、先輩はうんうんと頷く。奈々美に警戒心が育ってて嬉しいよと。

「でも噂は本当だよ。で、奈々美はその悪魔に会ったと。すごいね、噂コンプリートじゃん」
「え、そうなんですか?」
「そうそう。まるで噂の方が奈々美に気づいて欲しがってるみたいだね。こうなったら“美術室の悪魔”の真相も確かめてあげなよ」
「……へ?」

 なんか、嫌な予感が……。
 話の方向性が変わったことにぎくりとしながら、恐る恐る桃華先輩の様子を窺うと、先輩はやっぱりにこりと笑っていて、

「瀬戸内に言っとくよ。だって夜は危ないもんね」

 なんて、あの時と同じトーンで、テンションで言われて——

「……はい……」

 私はまた、頷くことしか出来なかった。





「なーんでこうなるかなぁ!」

 そして放課後になり、迎えに来た瀬戸内君から開口一番告げられた不満に、申し訳ないと頭を下げる。

「なんで相談なんてしたんだよ! 折角そこは誤魔化しといたのに!」
「だってもしかしたら噂の存在自体嘘かもって……揶揄われただけかもって思って……」
「俺に? んな無意味で面倒臭いことするか!」
「おっしゃる通りで……」

 確かに本人の言う通り、わざわざ私との会話を増やすようなことをこの人がするとは思えない……だから最初に教室の名前を知ってるか聞いた時も、あそこが美術室だって教えなかったんだろうし。

「あーあ、こうなった。俺はもう知らねぇ!」
「そこをなんとか……」
「一人で行けばいいだろ? ストーカーもしばらく来ないだろうって話になったよな?」
「でも土日挟んだし……」
「休み挟んでリセットじゃねーんだよ、クソが」

 えぇ……ブチ切れじゃん……。
 なんでこんなに怒ってるんだろう、機嫌が悪かったのかもしれない。

「わかったよ……じゃあ一人で行くよ……」

 怖いけど。怖くて仕方ないけど。でも、

「あの人は怖くなかったし……」
「…………」
「ストーカーの人が居ないんならいいよ……わかったよ……そんな怒んなくてもいいじゃん……」
「…………」

 今度は無視である。なんだよもう、いつものことじゃん。もう。
 そして無言のまま二人で靴箱に向かい、さっさと行ってしまった瀬戸内君とは別で、いつものように自分の靴箱の前に立つと扉を開けた。

「あ……」

 今日も手紙は入っていた。でも、少し感じが違う。

『夜に見る君は特別綺麗だ。今夜もきっと会えるよね』

「……今夜もって……」

 ——初めて、約束のようなものがここに書かれたと思う。
 今夜もきっと会える……今夜、私に会いにくる?
 ぞっと恐怖の感覚に背筋が冷たくなる。こんなの、

「犯行予告じゃねーか」

 ひょいっと私の手からそれを抜き取った瀬戸内君が文字を見つめて呟いた感想は、たった今私が抱いたものと同じもので。

「やっぱり、そういうことになるよね……?」

 じゃあどうしようと縋るように瀬戸内君を見ると、目が合った瀬戸内君は、「はぁ……」と、大きな溜め息をついた。

「家から出なきゃいんじゃね?って思うんだけど……なんか向こうも覚悟決まってそうだから、あえて受けてたった方がいいかもな。変に拗れて問題起きる前に」
「ほ、本気で……?」
「本気で。今夜、かたつけよう。ついでに美術室も確認して一石二鳥ってな」

 そして「また同じ時間に集合」と言った瀬戸内君もまた覚悟を決めた目で私を見ていて、私はそれにうんと頷いた。
 今夜決めよう。一石二鳥作戦だ。