次の日の放課後。あんなに冷たいことを言ってしまったことも忘れて、いつも通りに迎えに来た瀬戸内君に飛びつくようにそのことを報告した。
だってもう、昨日のプールからの帰り道は怖くて怖くて仕方なくて、今日もずっとドキドキしっぱなしだったから。
そんな自分勝手な私に対して瀬戸内君も瀬戸内君で無視するでもなく、いつもと変わらない様子で話を聞いてくれる。すっかり私の悪い所は私の初期設定として受け取られているようだった。
「でも忘れ物を取りに来た生徒が〜って先輩も言ってただろ? 見間違えの可能性は?」
「ある。あるけど、でもこっち見てた。バレたと思って走って逃げた、感じがする」
「感じって……まぁ誰でも夜のプールで誰か泳いでんの見たら見ちゃいけないもん見たと思うだろうな」
「そうだと思う。だからもし私だってバレてたら今日先生に怒られるかもとも思ってたんだけど、一日誰にも何も言われなかったの! となるとやっぱりストーカーだったか、あるいは……」
「幽霊?」
「! や、やめてぇ……」
いずれにせよ怖過ぎる。怖過ぎて、
「もう泳ぎに行けないよ……」
もうがっかりだ。だって折角桃華先輩からもらった大切な鍵と大切な場所だったのに。私のためにって先輩が譲ってくれたのに。
落ち込む私を見て一つ、コホンと瀬戸内君が咳払いをした。そうして場を仕切り直し、話を元に戻す。
「まぁ、幽霊ってのは冗談として。ストーカー説はあるにしても、実際に鍵が一つとは限らないんなら、他の泳ぎにきた奴だったとか、おまえみたいに噂を確認しにきた奴って可能性もあるよな」
「そりゃあ一応あるだろうけど……」
「で、もしそいつが昨日の夜おまえのことを初めて見たとしたら、確認しにもう一度来ると思うんだよ。だから今日になって先生に言いつけたり、噂をばら撒いて大ごとにしたりしなかったんじゃないか? それで対策されたりなんかしたら夜に自分も来れなくなるだろ?」
「……そう、かも」
そこで、あれ?と、違和感をキャッチした。
「……で、つまり何が言いたいの?」
やけに丁寧に説明してくるこの瀬戸内君らしからぬ感じ、何か思惑があるような気がする。そうに違いない。
訝しむ私を見て、瀬戸内君はニヤリと笑った。
「これを機におまえ、そいつと仲良くなったらいいんじゃない?」
「…………は?」
一体何を言ってるのだろうと、一瞬頭の中が真っ白になる。だってあまりにも理解出来ない内容だったから。
私が、昨日の人と仲良くなる?
いや、いやいやいや、
「だからストーカーだったんだって言ってんじゃん!」
意味がわからない。そんなことする必要ある? え、何? むしろそっちが理解出来てないってこと?
「あのさ、桃華先輩だって他の人が来たことはないって言ってるんだから、ストーカー以外の可能性は低すぎるんだよ。ただ忘れ物取りに来た人だったら夜の学校でわざわざプールなんて覗かないだろうし、そもそもプールの水死体の噂だってそこまで浸透してないんだから、一人で噂を確認しにくる人なんて相当暇かマニアじゃないと居ないよね? 現実にする靴箱とは比べ物にならない認知度なんだよ?」
「でもストーカーだったら尚のことだろ。存在だけは知ってても実物と向き合ったことがなかったそいつが今、おまえの視界に入る距離までやってきたわけなんだから。こっちから接触するチャンスだとは思わないか?」
「!」
「ストーカーだろうが無かろうが、どちらにせよ結局そいつは今日も来るだろうな。俺だったら確認せずにいられないと思う。ここで懐柔しとかないと明日からどうなるかわからないぞ。このまま泳げなくなってもいいのか? そもそもわざわざ譲ってくれた先輩に何て言うつもり? 怖くてもう行けません〜って? 折角自分と向き合える場所を与えてやったのにこいつは何も変わらないんだなって失望されてもいいのか?」
「…………」
確かにそうかも……と流されそうになって、思いとどまる。なんかおかしい。
始めこそ一緒に考えてくれているものだと思っていたけれど、この感じ。私にそう思わせるような言い回しで、有無を言わさず頷かせるために逃げ場を無くそうとしているような、畳み掛けてくるようなこのスピード感——あぁ、わかった。わかったぞ、この人の魂胆が。
「もしかして、ストーカー問題を解決させて、私から解放されるつもりなんでしょ」
瀬戸内君が昨日の人影がストーカーじゃないかもなんて言うのは、私に行く決断をさせるための可能性を広げてるだけあって、実際には瀬戸内君も昨日居たのはストーカーだろうと思っているのだ。だからここで私とストーカーを直接対決させてかたをつけさせようという魂胆だろう。
だってこのままだと瀬戸内君は、ストーカーだったら怖いからと毎回泳ぐのに付き合わされることになるかもしれないし、もう泳げないなんてとぐずった私にまた八つ当たりされるかもしれない。それを回避するためにはもうこのチャンスを活かすしかないと、きっと瀬戸内君はこの一瞬で思いついたのだ。
スラスラと言葉を並べて私を操ろうとする瀬戸内君のよく頭の回ること……。普段私と話すことすら面倒臭そうにしてるくせに。
……まぁ、でも。
「確かに、いい機会かも」
その提案に、私はのることにした。
とてもいいアイディアだと思う。ここでストーカーの正体を暴くというのは。
「だろ? お互いにな」
「ね。じゃあまた今夜駅に集合ね」
「……うん?」
私の言葉に、私を言いくるめるために貼り付けた笑顔のまま、奴は固まった。さっきの私と同じだ。何を言ってるのだろうと、一瞬頭の中が真っ白になった時の反応。
考えが足りていないんだよ、瀬戸内君。
「だってストーカーだったら危ないもんね。当然、解決する為に付き合ってくれるんだよね?」
「……学校の時間じゃないから付き合わなくていいんじゃなかったっけ?」
「ストーカーの可能性が出て来たなら仕方ないよね。そのために瀬戸内君は私と居てくれてる訳だし、私に何かあった時に自分が促したせいだって桃華先輩が知ったらどう思うんだろう。私は解決に動くのは賛成なんだけどね。もう泳げないんだって落ち込んでたんだけど、解決するなら問題ないし。でも先輩はなんて言うだろう」
「…………」
「瀬戸内君が決めていいよ。私はこのあいだと同じ時間に行こうと思うけど。瀬戸内君はどうしたい?」
「……わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」
! 瀬戸内君が折れたぞ!
私の勝ちだ!と、それに清々しく笑い、「ありがとう」と告げると、「おまえのありがとうって最悪な」と、瀬戸内君は恨めしい顔をして言った。



