——と、いうことで。私達は二十時半頃に学校の最寄駅に集合し、先輩から言いつけられた“プールの水死体”の真相を確かめに行くことに。
 本当に瀬戸内君は来るのかな……とギリギリまで疑っていたけれど、瀬戸内君はちゃんと来てくれた。

「信じてたよ! 瀬戸内君!」
「そうですか」
「一人で死体見ちゃったらどうしようかと。確認したら即行帰ろうね!」
「あ、はい」

 思わず大喜びの私をまたあの引いた目で見てくる。でももう来てくれたんならそんなことは些細なことだ。
「行こう」と声を掛けて、いつもの道のりを逆方向に歩いていった。

 夜とはいえ、初夏の独特な湿度があって、暑く気持ち悪い。夏といえば怖い話だというけれど、ただでさえ気分が悪くなる気候だというのにわざわざそんなことをするなんて、怖い話が大嫌いな私としては、そんな人達は頭がおかしいんじゃないかとすら思ってしまう。
 瀬戸内君が来てくれたのは嬉しかったけど、夜の学校に向かっていると思うと恐怖と気候により私の機嫌は最悪で、どんどん口を開く元気もなくなっていった。

「…………」
「…………」

 気づけばお互いに無言で黙々と足を進めている。けれど会話がないからと気まずく感じる関係でもないわけで、多分このまま学校につくんだろうなとぼんやり思っていると、

「あのさ、おまえ。もしかして知らないの?」

 ちょうど学校が見えてきた所で、珍しく瀬戸内君から声を掛けられた。

「知らないって?」
「“プールの水死体”の真相」
「知らないけど……え、瀬戸内君知ってるの?」
「知ってる」
「えぇ! じゃあ行く意味ないじゃん!」

 ここに来てまさかの爆弾発言である。
 何なんだ本当に、たった今全てが無駄になったんだけど! わかってるならやらなくてよかったじゃん! 何で今になってそんな大事なことを言うんだろう!

「なんでもっと早く言ってくれないの!」
「いや、先輩から聞いたんだと思っててさ。でもさっきのおまえの言ってたこと思い出して、あれ?ってなって。死体見ちゃったらどうしようとか言うから」
「桃華先輩が言ったんだよ。夜になるとプールに水死体が浮かぶって。その死体が殺された時の再現をしてるんだって。それを確かめてこいって瀬戸内君も言われたんじゃないの?」
「俺はおまえが夜のプールに行くから付き合えって言われただけなんだけど。そもそも先輩、俺が知ってること知ってるし」
「えぇ……何? じゃあ真相を確かめることに意味はないってこと……?」

 なんだかよくわからないことになってきた。私には真相を確かめろって言ってたのに、瀬戸内君が真相を知ってるのをわかってて瀬戸内君と二人で行かせようとする……本当かどうか確認するのが目的だったんじゃないんなら、なんで桃華先輩は私をプールに行かせるんだろう。

「ていうかプールの水死体の真相って? 本当の所はどうなの?」
「本当はただ普通に人間が泳いでるだけだよ」
「え、夜のプールで?」
「そ」
「そんなの不法侵入じゃん……」

 それはそれで怖い。このあと、プールに勝手に忍び込んで泳いでる人に会っちゃったらどうすればいいの? 注意しろと? 逆ギレされるに決まってんじゃん……! あ、だから強い瀬戸内君を連れてけってこと?
 
「なんかすごい大変なこと考えてそうだけど多分違うと思う」

 ぐるぐる考えこむ私の頭の中を見透かしたような瀬戸内君の言葉に、だったら何?と目で訴えると、瀬戸内君は少し考えるように視線を斜め上に向けたあと、

「まぁ、言い伝えられてきた噂話がここにあるっていうのと一緒だよ。ここで泳ぐのも受け継がれてきたものなんだと」

 なんて、よく理解出来ない現実の話をする。

「う、受け継がれてきた……?」

 夜のプールで泳ぐことが? あ、泳げるってことが?
 てことは、そこで泳いでるのはこの学校の生徒ってこと?

「じゃあ学校側も知ってるの?」
「じゃない? 知らんけど」
「知らないんだ……」

 結局知らないんじゃ、謎は謎のままである。

「とりあえず行けばわかるよ。その為におまえは今日呼ばれたんだから」
「呼ばれた? 呼ばれたの? 泳いでる人に?」
「本当になにも聞かされてないんだな。おまえ、完全に先輩に遊ばれてんな……」

 瀬戸内君は哀れなものを見るような目を私に向けて、「でもそれは俺もか」なんて溜め息をつく。

「ずっと手のひらの上で踊らされてるんだよ、俺もおまえも。早く気づいた方がいい」

「じゃないとずっとこのままだぞ」なんて。そんなやけに意味深な言葉にどういうことかと訊ねようとしたその時。

 ——バシャバシャバシャッ

 その水音が聞こえてきて、ハッと視線を音源へ飛ばした。
 目隠しが施された金網に囲まれた向こうにあるのはプールである。話しながら歩いているうちに、すっかり私達は目的地に到着していたのだ。

「ついたな」

 そう呟くと、何の躊躇いもなくプール用に作られた外の入り口へと瀬戸内君が向かうので、「ちょっと待って」と慌てて引き留めた。もちろん向こう側に居るであろう人間に聞こえないような小さな声で。

「大丈夫なの?」
「なにが?」
「だから、死体でも幽霊でもないってことは誰かが居るってことでしょ? 大丈夫なの?」

 そして、お邪魔して怒られない? 先輩には人が泳いでたって伝えるよ。とにかくもう帰ろうと、説得を試みようとする。
 が、瀬戸内君はその全部を首を振って跳ね除けた。

「行った方が早い」

 そう言い切って、その金網で出来た入り口をガンガンと叩き大きな音を立てる。まるで早く開けろとでも言うように。
 その響き渡った大きな音に思わずあげそうになった悲鳴を飲み込んで、バクバクと大暴れする心臓の位置を胸の上から両手でおさえる。
 すると、先程まで聞こえていたバシャバシャと水飛沫が飛ぶ勢いで泳いでいるような音がぴたりとやんで、パシャンと、その誰かがプールサイドに上がったような音がする。そして、ペタペタと濡れた裸足の足音が段々と近づいて来て、カシャンと、目隠しが施された金網の扉に手がかけられたと共に、そこに人間のシルエットがぼんやりと浮かびあがった。
 来ちゃったよ……! どうしよう!
 どうするの?!と、慌てて瀬戸内君へ目をやると、瀬戸内君は落ち着き払った表情でそのシルエットを眺めていた。そして、

「着きましたよ、先輩」

 まさかのその呼び名を口にした。
 ——え?

「先輩?」

 すると、カチャリと目の前の金網の扉から音が鳴り、ガシャンとそれが内側から押し出すように開かれて——

「もう、なんで言っちゃうの?」

 現れたのは、今まさに泳いでたとしか思えないほどの水を滴らせる、水着姿の桃華先輩。
 てことはつまり、

「桃華先輩が、プールの水死体?」

 目を丸くして呟いた私の声に、桃華先輩は嬉しそうににっこりと笑った。