部屋にはくしゃくしゃに丸められた紙ごみが散乱する。
作文なんて小学生の時に書いた読書感想文以来だし、今回の必須条件である「1万字~1万5千字」という縛りに頭を抱えてしまう。
そんな長文書いたことない。
それに、大学の受験勉強と合わせて行うから時間があまり取れない。
最近は学校に遅くまで残って勉強することもあるし、作文に使える時間は数時間。
「人を支えられる文って、なんだろ.....」
これと向き合い続けて早1か月は経とうとしてる。
締め切りは11月。
結果発表は3月。
そして今はもう10月。
明日はしおりちゃんと学校に残って勉強する約束をしているから、今日中にある程度形にしておきたい。
時計を見るともう2時になろうとしていた。
私が伝えたいこと。
それを一旦整理しよう。
私が縛られていたものはなに?
存在価値?
見捨てられ不安?
人と比べてしまうこと?
じゃあ、そうなってしまった背景は?
そろばん?
そろばん教室の先生の態度?
空気感?
言葉?
孤独感?
言葉。
私は言葉の呪縛にかけられていた。
言葉は人に呪いをかける。
その言葉の呪いにかけられてしまった人に伝えたいこと。
言葉は凶器に成りうる。
でも、逆も然り。
言葉で助けられる人もいる。
私は祈莉ちゃんを言葉で傷つけた。
私はしおりちゃんの言葉に救われた。
言葉での繋がりは、対面でも、ネットでも、手紙でも、手話、点字、沢山のものと密接に絡み合って繋がっている。
使い方1つで救いにも凶器にもなる。
.....なんて容易い。
私はこれを伝えたいのかもしれない。
言葉の容易さ。
言葉の繋がり、深さ、軽さ。
頭の中を整理して、ペンを走らせる。
私の過去や、言葉と結びついて涙が止まらない。
私は言葉に殺されて、言葉に生かされている。
私自身がこれを忘れてしまわないように、1つ1つの言葉を慎重に丁寧に紡いだ。
****
いつも軽く着崩していた制服を今日はびしっと着る。
胸元に咲くコサージュは春風に揺られて清々しそうだ。
「菜々ちゃん、終わっちゃったね~」
「しおりちゃん。もう卒業だね」
「ね~。あっという間だったね」
昨日まで降り続けた雨は奇跡的に止み、桜も散らずに残ってくれていた。
しおりちゃんも私も第一志望の私立大学に進学を決めている。
しおりちゃんは本の役目や歴史について学ぶために文学部へ。
私は。
「菜々ちゃんが第一志望に合格したって聞いて凄く嬉しかった」
しおりちゃんがここまで喜んでくれるのにも、恥ずかしながら頷いてしまうくらい受験勉強の面でもとてもお世話になった。
面接練習にカフェの叔父さんやパートさんが手伝ってくれたり、分からない問題をしおりちゃが教えてくれたり、先生に一緒に聞きに行ったりしてくれた。
もちろん心の面でも凄く支えてもらっていて、挫折しかけた時も「しおりちゃんも頑張ってるから」と背筋を伸ばすきっかけをくれた。
「あとは、作文コンテストの結果だね」
「うん、卒業式中に出てたと思うんだけど、まだ怖くて確認出来てない.....」
「え、じゃあ今確認しよ!」
「うーん。でも.....」
「ダメだったときは全力で励ますし、いい結果が出た時は盛大に喜ぼ!」
「わかった.....」
どっちにしろ開く結果だ。
だめで1人落ち込むより、しおりちゃんと一緒にみた方が救われるかもしれない。
卒業式が終わり、各々写真を撮ったり、部活ごとで集まって最後のミーティングをしたり、泣いて別れを惜しんでいる皆の声を聞きながら下駄箱のすのこに腰掛ける私達の間に緊張感が流れる。
このコンテストは最優秀賞、優秀賞、特別賞、審査員特別賞の4つのどれかにはいると全国的に有名な作文サイトに掲載してもらえるらしく、さらに雑誌に掲載されて小・中・高に配布されるんだって。
「開くね.....」
「うん.....」
震える指を「コンテスト受賞者はこちら」というURLに伸ばす。
4年前までは、受賞者には事前に連絡がいってたらしいんだけど、ちょっとしたトラブルが原因でそのシステムは無くなったらしい。
コンテストに対するSNSも極力見ないようにしてきた。
私の人生で最大のチャレンジ。
過去の自分に終止符を打って、「誰かのために」と本気で打ち込んだコンテスト。
「私なんかが」ってずっと下を向いて逃げて、孤独に涙を流していた自分にさよならと。
梨久君に、祈莉ちゃんに、しおりちゃんに、前を向いて「ありがとう」と言えるようにと頑張ってきたことに、いったんのピリオドが打たれる。
どうか。
多くの人に届く結果になっていますように。
[特別賞:清水菜々 言葉という鎖から]
え。
え.....?
特別賞.....⁈
「菜々ちゃん、菜々ちゃん! 特別賞だって! すごいよ!」
「ほんとに、本当に特別賞.....?」
「そうだよ! すごいよ。沢山の人に届くよ!」
「嬉しい.....! 沢山支えてくれてありがとう.....! ありがと.....!」
「何言ってるの、菜々ちゃんの努力の結果だよ。ほら、行ってきな」
「え?」
戸惑う私の顔を見てにこっと口角をあげるしおりちゃん。
「梨久君のところ。伝えることあるんじゃない?」
しおりちゃんはすごい。
どこまでも私に後悔が無いようにって、私を導いてくれる。
「うん.....! 行ってきます」
そう立ち上がった時。
「如月ならさっき校門出たぞ。行くなら最後のチャンスだ」
「辻岡⁈ なんで」
「探求一緒にやった仲だし、卒アルにメッセージもらおうと思って探してたんだよ。なんかで賞取ったんだって? おめでと! メッセージは後でいいから、ほら行け。早く早く」
辻岡としおりちゃんに背中を押されて、2人に背を向けて走った。
これがもしかしたら正真正銘最後の梨久君との会話かもしれない。
梨久君をはじめて見た時、それは教室のカギ閉めに戸惑ってる姿だった。
片方しかない腕に教科書や筆箱を挟んで、それを落とさないようにしてるからなお締めづらそうで。
「やってあげる」
なんて言って近づいたんだ。
この時から「してあげる」って言葉を使っていたんだ。恥ずかしい。
梨久君はいつも伏し目がちだった。
伏し目な彼の目元はうつろで、目が離せなかった。
授業中いつもつまらなさそうな梨久君がある日から急に読書に打ち込むようになって、違和感がぬぐえなかった。
探求で同じ班に入れてもらって、遊びに誘ったらついてきてくれて。
クラスの他の女の子と話してる様子をあまり見なかったから自分は少しだけ梨久君の中で特別な存在なんじゃないかなって、勘違いしていた。
梨久君と次どこ行こうかなとか、どんな会話しようかなとか、そんなことばかり考えていて、それが全く苦じゃなかったの。
私は、梨久君となら自分でいられる気がした。
なんとなく似た者同士な気がして、私を理解してくれるのは梨久君だけだし、梨久君を理解できるのも私だけだと思っていた。
だから、あの日。
梨久君が私に背を向けた日から、私はしばらく真っ暗な部屋でベッドから起き上がることも出来ずに夜通し涙を流していた。
泣くのも意外と体力がいるらしくて、横隔膜だか腹筋だかが痛かったのを覚えてる。
あの頃は梨久君が世界の全てだと思っていたから。
きっと今も梨久君が好き。
できる事なら、隣を歩きたい。
他愛のない会話をして笑い合いたい。
でも、できない。
だから、せめて。
最後に少しだけ、話を聞いてくれますか。
「梨久君!!」
彼の背中を見たのは久しぶりだ。
懐かしいなぁ。
もう、昔話だ。
私は、君が好きだよ。
「少しだけ、聞いてくれますか」
「うん、どうした?」
振り返ってくれた彼の顔は穏やかで、欲のまま言葉が出そうになる。
涙が溢れそうになる。
でも、今はちゃんと伝えるべきことを。しっかりと。
「私ね、祈莉ちゃんに背中を押してもらって作文コンテストに応募したの。私のように言葉の鎖に縛られ、苦しむ人を少しでも楽にできたらって必死に考えて、必死に打ち込んだ。そしたらね、今日、賞をもらえたの。私の想いや言葉が多くの人に届く。祈莉ちゃんに背中を押してもらわなかったらできなかった。それに大切なお友達もできて、その子も支えてくれた。今はもう、あの時の、どうしようもなく孤独で、寂しくて、誰かのぬくもりを追い求めて暴走してしまう私じゃない」
涙でぐちゃぐちゃで、息の上がる私の言葉を梨久君は止めずに聞いてくれる。
まっすぐにこちらを見て、あの日の冷たい視線とは違うまなざしで。
「あとね、私スクールカウンセラーになろうと思うの。もちろん厳しい道なのは分かってる。誰でもなれる職業じゃない。でも、自分の気持ちに言い訳して、できないって決めつけて目を逸らしたら昔の私と変わらないから。私のように、苦しい辛いという気持ちを抱えて、でも助けてといえない子供を増やさないために。梨久君がお医者さんになるって決めたように、私も新しい目標に向かって頑張るよ。だから.....」
これで最後。
これが最後。
どうか聞いててね。
「だから、梨久君も頑張ってください。祈莉ちゃんを失ってできた心の傷を見ないことにはしないでください。大切な人を失った苦しみは少しだけ理解があるつもりだから。どうか、身体と心を大切に。離れたところからではあるけど、ずっと、ずっと応援しています」
私の言いたいことは言い切った。
ごめんね。意味わかんないよね。
勝手に私はこんなことを成し遂げました、今は昔と違います。目標があります。それにむけて頑張ります。なのであなたも頑張ってください。なんて。
このまま、なにも言われずに背を向けられる可能性だってあるよね。
それでもいいよ。
時間をくれて、ありがと。
「作文コンテスト、おめでとう」
梨久君は身体をこちらに向けて少し息を吸った。
「清水にはなにか心に大きな傷があるんじゃないかって、確かに思った。”だめだとわかっているのに止められない”みたいな葛藤を感じていたんだ。でも、祈莉の事に夢中だった僕はそれを見なかったことにして清水に対して冷たい態度をとっていた。申し訳ない。もっと僕にできたことがあったはずなんだ。僕が中途半端だったがゆえに清水の事を傷つけ、清水に祈莉を傷つけさせてしまった。凄く勝手ではあるけど、過去を葛藤した清水が誰かのためと動いてくれること、凄く嬉しく思うよ。僕も今背中を押してもらった」
「ほんと.....?」
「うん。僕も前に進むよ。その為に義手を作るんだ。清水にばかり前を歩かせるわけにはいかない。僕も追いつかないと」
そう言って梨久君は自分の左袖を右手で撫でた。
流れる涙を必死に拭って、言葉をカタチにする。
「少しだけ、触れてもいい.....?」
「ん、もちろん」
梨久君の左腕にそっと触れる。
「.....今まで、本当にありがと」
私達はお互い、過去にとらわれ自分を殺して生きてきた。
その中で、梨久君は祈莉ちゃんと私はしおりちゃんと出会って、そしてお互いと出会って、沢山の関係が複雑に絡み合って、確かに成長している。
高校生という二度と戻ってこない時間の中で、私は確実に大きな1歩を踏み出すことができた。
きっとこれからも挫折は沢山する。
また殻に閉じこもってしまいそうになることや、カッターを自分に当ててしまうこともあるかもしれない。
でも、この出会いと経験が私を確かに強くした。
梨久君に背中を向けて歩き始める。
出会いをくれてありがとう。
私に好きを教えてくれてありがとう。
前を向くきっかけをくれてありがとう。
本当に、心の支えでした。
今、目に見えない何らかの鎖に縛られているあなたへ。
目の前が真っ暗で、絶望に溺れているあなたへ。
私の言葉が、何か1つでもあなたを抱きしめるものになりますように。



