クラス替えは苦手。
 仲の良い友達がいるわけじゃないけど、新しいコミニティで生きていくのはなかなか体力のいること。
 今日もいつもと変わらず1人でご飯を食べる。
 それに対してマイナスな気持ちはなくて、むしろ過去の自分に終止符を打って以来このお昼の時間は私のインプットとしてとても大切な時間になっている。
 
 梨久君とはクラスが離れ、彼の姿を最後にみたのは新学期が始まったその日にクラス分け表を眺めるところを見た時。
 もうあれから2カ月か。
 時の流れは速いね。
 2か月たって「クラス替えは苦手」なんて思ってる自分にも少しため息が出るけど。

 とりあえずお昼を簡単に済ませ、しおりの挟んである本を取り出した。
 もうすぐ最後の章。
 この本は、癌と闘いながら懸命に生きた方のノンフィクション作品。
 ご本人が書いていた日記などをもとにご家族の方が執筆された物なんだって。
 ”支える”とはどういうことなのか、”闘病”ってどういうことなのか、私の考えはどこで違えてしまっているのか。
 それをちゃんと考えたくて、ノンフィクション作品を最近読み進めている。
 この本で3冊目だけど、はやくも自分への反省点だったり、認識の間違いを発見して過去の自分を憎みたくなる。
 
「あの、」
 急にかけられた声にパッと視線が上がる。
「あ、急にごめんね。その本、好きなの?」
 この子は確か、クラスの端っこの席に座ってる吉田さん。
 吉田さんは3年生になって初めて一緒のクラスになった子で、ここで話したこともない私に話しかけてくるくらいにはよく本を読んでいる。
 肩上のボブは毛先がそろっていてかわいらしい印象。
 黒縁のボストン型メガネは彼女に知的なイメージを持たせた。

「初めて読むから特別好きってわけじゃないけど、とても素敵なお話だと思う」
 今気づいた。
 私人と雑談するのすごい久々だ。
 にっこりともせずこんな当たり障りのない感想、怖がられたかな。
 そんな心配をしていたさなか、吉田さんはパッと顔を明るくさせた。
「だよね! その本、とっても素敵なのに知ってる人が少なくて悲しかったの」
「そう、なんだ」
「他にはどんなの読んでるの? いつも本読んでるよね」
 ”いつも” 私って読書キャラになってたんだ.....。
 確かにこの2か月、学校では人と話さず本と教科書ばかり読んでいたかもしれない。
 なんて寂しい高校生活を送っていたんだ。
「他も似たようなの読んでるよ。少し勉強中なの。人を支えるって難しいなって.....」
 ちらっと顔色を伺ってしまう。
 クラスメイトと会話しているだけのはずなのに異様に緊張した。
 好きに偏りがある相手との会話は気を使う。
 その界隈の人たちにとってはタブーな事とか暗黙の了解に触れていないか、こっちは何も知らないから。
 だからアイドルの話しとかは極端に避けてきた。
 本にもそういうのがあったらどうしよう。
 さっきから心の中で余計な心配ばかりしてる私をよそに吉田さんはまた目をパッと輝かせた。

「支える側の視点に立って読むなんて珍しいけどすごい良いと思う。清水さんは優しいんだね」
「いや、そんな。優しくないよ」
「そうかな。すごく素敵な事だと思うけど.....。あ、ねぇねぇ」
 吉田さんは手をパンっと叩いた。
 少しだけ嫌な予感がして、それはすぐに的中した。
「今度、一緒にカフェ行こうよ! 語りたい」
 あまり派手はグループとかにいるタイプではないだろうし、陰か陽で言ったらこっち側の人っぽいのにやけにぐいぐいくることへのギャップに混乱して、あと誘われるという経験の少なさゆえの動揺も相まって
「え、あ、うん」
 と承諾してしまった。
 梨久君以外の人と遊びに行ったことなんてないし、語れる程本に詳しくないのに.....。
 不安だけが積もる中、予定だけがどんどん決まっていき明日吉田さんとカフェに行くことが決定してしまった。