禍々しい巨大な城の最奥にある玉座の間。
瘴気を放つ入口の扉の前に5人の男女が、今にも入らんと立っている。
スキンヘッドの筋骨隆々の男が隣りにいる銀髪の男に言う。
「ようやくたどり着いたな、カイル」
それに返答する、カイルと呼ばれた男。
「そうだな、グスタフ」
意を決した様にドアノブに手をかけたカイルが他の4人に向けて言う。
「行くぞ」
ギィィーーと重々しい音をたてながら扉が開く。
暗く、だだっ広い部屋の奥の玉座の前に、“如何にも魔王”という出で立ちの人ならざる者。
5人にはそれが魔王ルシファーだとすぐに分かった。
魔王は独り言のようにつぶやく。
「よもや、ここまで辿り着くものがいようとは……まぁいい……」
そして魔王は5人に向かって叫ぶ。
「このルシファーがまとめて跡形もなく消してやる!」
それに反応してカイルが叫ぶ。
「くるぞ!」
5人は臨戦態勢をとる。
カイルは呪文を唱える。
「武器攻撃力上昇(ウェポンアタックパワーインクリース)」
カイルの剣がに包まれる。
「力強化(パワーリインフォース)」
カイルの全身を赤みを帯びた光が包む。
その後、カイルは戦闘指示を出す。
「グスタフ、お前は左に回れ!」
グスタフは
「おう!」
と返事し、左へ回る。
カイルは次に女性格闘家に向かって、
「レティシアは右へ回れ!」
レティシアは
「分かったわ!」
と言って右へ走る。
カイルは敵を睨みながら後方の女性神官へ指示を出す。
「プルム、俺に防御上昇(ディフェンスアップ)をかけろ!」
プルムは
「え?でも先にパーティ全体に魔法障壁をかけた方が……」
と言うが、
カイルは
「口答えするな!俺がいなきゃヤツは倒せん!俺の防御が最優先だ!」
プルムは戸惑いながら
「わ、分かったわ」
と返して呪文を唱える。
「防御上昇(ディフェンスアップ)、カイル!」
カイルの体が一瞬光に包まれカイルの防御力が上昇する。
カイルはハーフエルフの魔法使いに指示を出す。
「エレオノーラは弱点を探せ!」
エレオノーラは
「分かったわ!」
というと呪文を唱える。
「弱点捜索(ウィークネスサーチ)!」
しかし呪文は跳ね返される。
「ダメっ、効かない!」
エレオノーラが言うとカイルは
「全属性の最強攻撃魔法を片っ端から食らわせろ!それで弱点属性があるかどうか分かる!」
と言うとエレオノーラは
「無茶言わないで!私のMPも無限じゃないのよ!」
カイルはそれに対し言う。
「いいからやれ!命令だ!」
エレオノーラは仕方なく
「分かったわよ!後でどうなっても知らないわよ!」
と言って呪文を唱える。
「地獄の業火(ヘルファイア)」
魔王の体が業火に包まれる。
多少のダメージを与えてはいる様だが特に効いてる様子はない。
エレオノーラは更に呪文を唱える。
「絶対零度(アブソリュート・ゼロ)」
しかしこれもダメージは与えているものの、弱点ではない様だ。
続けて最大級竜巻(ムーアトルネード)、雷光電撃(ライトニングストライク)を唱えるも同じくダメージは与えているものの、弱点という感じではない。
カイルも剣で切りかかるが魔王は杖で全ての攻撃を防ぐ。
カイルはグスタフに
「もたもたするな!俺の攻撃に合わせて切りかかれ!」
レティシアには
「レティシアはヤツの後ろに回れ!」
と指示を出す。
レティシアが
「分かったわ!」
といって後ろへ廻ろうとすると魔王は
「小癪な!」
と言って呪文を唱える。
「暗黒雷撃{ダークネスサンダーボルト)」
雷撃がレティシアに直撃する。
「レティシア!今すぐ完全回復(パーフェクトリカバリー)を!」
と言ってプルムがレティシアに回復魔法をかけようとするとカイルが
「そんなの後回しだ!俺に神の加護(ホーリーブレシング)をかけろ!」
プルムが
「でも・・・・・・」
と戸惑っているとカイルの怒号が飛ぶ。
「いいからやれ!」
プルムは仕方なく呪文を唱える。
「神の加護(ホーリーブレシング)、カイル」
カイルの全身が光に包まれカイルの動きが早くなり攻撃が重くなる。
魔王は防御かきつくなってきた様で攻撃呪文を唱える。
「暗黒烈火(ダークネスインフェルノ)」
魔王の後ろにいるレティシア以外の4人を炎か包む。
「ぐあっ」
「きゃあ」
グスタフは大ダメージで片膝をつき、プルムとエレオノーラは瀕死の状態。
しかし、カイルはそんなのお構いなしで攻撃に集中する。
魔王は
「神の加護(ホーリーブレシング)のせいか」
と言うと呪文を唱える。
「悪魔の呪い(デビルカース)」
カイルの全身から神の加護の光が消える。
「チッ!打ち消されたか!それでも貴様を倒すには充分!」
というカイルに対して魔王は
「負け惜しみを!」
と返す。
「負け惜しみかどうか、その身で味わえ」
と言うと、カイルは正眼に構える。
「このスキルはHPの消費が激しいから、あまり使いたくはなかったが・・・・・・」
精神を集中しつつカイルは言う。
「剣聖最大の奥義・・・・・・」
といって剣を振りかぶるカイル。
「これはまずい!」
と反撃の構えを見せる魔王に対し、
「遅い!」と剣を振り下ろすカイル。
「神の斬撃(ディバインスラッシュ)!!」
剣から放たれた巨大な光の斬撃が魔王をとらえた瞬間、
「バカな・・・・・・この魔王が・・・・・・」
魔王の体は真っ二つに。
「やった・・・・・・倒してやったぜ・・・・・・」
と言うと、カイルは目の前が真っ暗になりその場で倒れてしまう。



--同じ頃--

 学校帰りの高校2年生、高橋悠人が通学路にある大通りを自宅に向かって歩いていた。
イヤホンで音楽を聞きながら、スマホのゲームアプリ“ソード&マジック ハルマゲドン”に夢中になりながら……。
悠人が通いなれた通学路だと油断して、確認もせずに大通りを渡ろうとした時、トラックが悠人に向かって突っ込んできた。
運転手は急に道路に出てきた悠人に気付き、
「間に合えーーっ!!」
と叫びながら、めいっぱい急ブレーキを踏む。
キキィィーーというけたたましい音をたてながら急減速するトラックだが、もう悠人は目の前。
当の悠人は音楽でブレーキ音がかき消され、スマホの画面に夢中で気づかない。
その時、運転手はドンッっという音と、トラックに何かがぶつかった感覚に絶望し、目の前が真っ暗に……。


「……」
暗闇の中で誰かの声が聞こえる。
「……ル」
「……イル」
「……カイル!」
「しっかりしろ!」
「カイル、どうした?しっかりしろ!目を覚ませ!」
ぼーっとした意識の中で、なんとか目を開けてみると、見知らぬ顔が四つ、こちらの顔を覗き込んでいた。
(俺は横なっているのか?)
目線を体の方に向けると、何やら鎧のようなものを着ている。
(どうしたんだ?何があった?まさかこれが異世界転生ってやつ!?俺は死んだのか!?)
スキンヘッドの男が心配そうに呼びかける。
「カイル、どうしたんだ?怪我をしてるようにも見えないし、魔王に何か呪いのようなものでもかけられたか?」
(どうやら俺は“カイル”という男に転生?転移?したらしい)
耳のとがったエルフのような女が言う。
「呪いや魔法の類ではないようだ」
(いったい何がどうなってるんだ?)
直前の記憶を辿ってみる。
(何をしてたんだっけ?……そうだ!トラックだ!)
なんとなく思い出してきた。
(トラックを運転してて学生を轢きそうになって、急ブレーキをかけて……)
(あれ?異世界転生って轢かれた方がするんじゃないの?何で轢いた方の俺が……?)



--その頃、現世では--

トラックの前で座り込んでる悠人に通りすがりのサラリーマンが駆け寄ってくる。
「きみ、大丈夫か!?」
悠人はサラリーマンに答える。
「大丈夫です。ぶつかると同時か直前にトラックは止まったので、ただぶつかっただけって感じで怪我はないです」
サラリーマンは「そうか」と言って念の為にと救急車を呼ぶとトラックの運転席を覗き込む。
「あれ?運転手がいない……?」
トラックのドアを開けるとそこはもぬけの殻。
「運転手は何処に行ったんだ?」




「カイル!いったい何があったんだ?」
(何があったのかはこっちが聞きたい)
(でも、やっぱり異世界に来てしまってるのは間違いないようだ)
(両親を早くに亡くし、兄弟も家族も彼女はもちろん、友達と呼べる人間もいないし、18歳からトラックの運転手一筋で、元の世界に未練はないが、何も知らないこの世界で生きていけるんだろうか?)
(轢かれた方の少年も転移してきてるんだろうか?そしてこの体の元の持ち主の記憶というか魂というかは何処へ行ったんだろう?)
カイルは色々考えながらも何もわからず答える。
「何が何だかさっぱり……」
スキンヘッドの男が問う。
「覚えてないのか?」
(覚えてないっていうか、分かんないんだよなぁ……)
(そうだ!記憶を失ったふりして色々聞いてみるか!)
と思ったカイルは聞いてみる。
「そうなんだ。記憶がないんだ。俺が誰なのか、ここが何処なのか、お前たちが誰なのか、何をしてたのか教えてくれないか?」
スキンヘッドの男が驚いたように言う。
「俺たちの事まで覚えてないのか!?」
「そうなんだ。記憶が戻るまでこのままって訳にもいかないと思うし、いつ記憶が戻るか分からないし、教えてくれないか?」
スキンヘッドの男が答える。
「よし!まずはお前の事だが、名前は『カイル』、この国、いやこの世界最強の魔法剣聖だ」
さっそく聞きなれない言葉が出てきたので聞いてみる。
「魔法剣聖?」
スキンヘッドの男が答える。
「魔法を使える剣士の『魔法剣士』系の最上級職だ」
(魔法を使える剣士……しかもこの世界で最強……?なるほど。この能力で『俺TUEEEE』ができるわけだな)
カイルは心の中でほくそ笑む。
(そうだ!ちょっとやってみよう)
と思いカイルが
「ステータス、オープン」
と言うと、グスタフが
「何だ?どうしたんだ?」
と焦ったように聞いてくる。
(出ないのね。そうだよな、異世界転移だけでも非常識なのに、自分のステータスが数値化されて空間に表示されるなんて非常識極まりないもんな・・・・・・)
「い、いや、何でもない。続けてくれ」
とカイルが言うと
「次は俺たちの事だな」とスキンヘッドの男が自己紹介を始める。
「俺の名前は『グスタフ』。重戦士だ」
次は黒髪に切れ長の目の美人が口を開く。
「私は『レティシア』。達人。格闘家の最上級職だ」
次はパッチリした目の可愛い感じの女性。
「私の名前は『プルム』。ハイプリーステスです」
最後は耳のとがったエルフみたいな女性。
「私は『エレオノーラ』。ハーフエルフのハイウィザードよ」
再びグスタフが話す。
「ここは『ミストラル王国』にある魔王城の入口付近だ。俺たち5人は世界征服を企んでいた魔王ルシファーを倒して、国王へ報告に帰るところだ」
トラックの運転手・佐藤和夫改めカイルは
「そうか、ありがとう」
というと一つの疑問が思い浮かんだ。
(ここが異世界だとしたら、何で言葉が通じるんだ?)
(そうか!この体の元の持ち主である『カイル』の記憶か!)
(だとしたら他の記憶が無いのは何でだ?何故、言語の記憶だけが残ってる?何か意図を感じる)
そんなことを考えてると、4人、特に女性3人が怪訝な表情を浮かべてる。
「どうした?」と疑問を投げかけるとエレオノーラが答える。
「い、いや、なんでもない」
(どうしたんだ?俺何かやっちゃったか?)
「と、とにかく帰ろう」と焦った様子のエレオノーラ。
そのまま帰り方の説明を始める。
「王都の少し手前に魔方陣を置いてきた。このペンダントの魔力でそこまで帰れる」
カイルは魔法とかアイテムとかの知識が全くないんで、素人考えで疑問に思ったことを聞いてみる。
「王都の中や王都の直ぐ側じゃダメだったのか?」
それに対してエレオノーラが答える。
「このアイテムならMPを消費せずに戻れるんだ。魔法で戻れなくもないんだが、魔王との戦いでMPがどれくらい残ってるかわからなかったし、私に万が一の事があれば魔法で戻れなくなるからアイテムで戻ることにしたんだ。ただ、このアイテムは距離の制限があって、ここからだと王都の少し手前までしか効果が届かないんだ。まぁ、王都の周りなら強い魔物もいないし、ここから少し歩いて王都まで戻るより、ここから王都の手前まで行って、歩いて王都に戻る方が安全だという事だ。」
(なるほど。魔王の城の周りを歩くより、魔王の城から離れた王都の周りを歩く方が安全って事か)
「それにこのアイテムは一度帰還地点を設定してしまうと、このアイテムで戻らないと次の帰還地点を設定できなくて次に使えないから、今は魔法ではなくこのアイテムで戻らなきゃいけないんだ。」
説明を終えたエレオノーラがペンダントを天にかざすと、地面に魔方陣が浮かび上がる。
「さぁ、この中に入って」
とエレオノーラが言うので、カイルは恐る恐る入る。
すると光に包まれて、一瞬にして魔王城の前から平原に転移した。
(魔法のアイテムとは凄いもんだ)
とカイルが思いながら。皆が歩き出す方向を見ると、かなり遠くに城壁に囲まれた場所が見える。
(あれが王都か)
カイルは歩きながら質問してみる。
「これから王様に報告するんだろう?報告したらどうするんだ?魔王を倒したなら平和になったんだろ?」
それに対し、グスタフが答える。
「いや、魔物の残党はかなり残ってるし、平和とは言い難いな。まぁ、お前は魔王を倒した暁には王の娘であるお姫様と結婚する事になってるから冒険者は引退だろうがな」
「え?」
マヌケな声が出る。
グスタフが笑いながら
「そうか!お前は記憶喪失だったな!まぁ逆玉だから良いじゃないか!」
カイルは
(この世界にも玉の輿とか逆玉とかの概念があるんだ。そりゃそうか)
(42年間、彼女もいなかった俺が、いきなりお姫様と結婚かぁ)
と思いながら思わず顔がにやけてくる。
その時、レティシアが叫ぶ。
「ゴブリンだ!」
指さす方向を見ると平原の脇にある林の中から緑色の小柄な人型の魔物の群れが近づいてくる。
(あれがゴブリンか。結構な数だな。大丈夫かな)
創作物などで知ってはいても初めて実物を見るカイルがそんなことを思っていると
「戦うしかねえな」
と言ってグスタフは大きな斧を構える。
カイルも慌てて剣を抜く。
見た目から結構な重さのある剣を軽々と振り回せる事についてカイルは考える。
(体は細身だが筋肉は結構ついてるんだな。体もなんか軽い。まぁメタボだった前の体に比べりゃ、そりゃそうか)
ゴブリンたちは走って攻撃を仕掛けてきた。
グスタフはそんなゴブリンを斧で一刀両断。
レティシアも腕に付けた巨大なベアークローみたいな爪で串刺しにしたり蹴り飛ばしたりしてる。
プルムとエレオノーラは魔法で攻撃してる。
どう見ても異形の魔物とは言え、人型の生き物を殺すのは気が引けるしグロい。
(うわっ!血しぶきが飛んでる!あっちは内臓出てる)
(しかし、こっちの世界では当たり前の事なんだし、やらなきゃやられる)
と割り切るようにして、正面から襲い掛かってきたゴブリンに切りかかる。
「あれ?」
カイルの攻撃は外れてゴブリンの棍棒に脇腹を殴られる。
「痛っ!」
右から来たゴブリンには後頭部を殴られる。
カイルは、すかさず反撃するも躱され、今度は後ろから殴られる。
(俺、YOEEEE!)
(世界最強の体で無双するんじゃないの!?)
カイルがそんなことを考えながら、複数のゴブリンに囲まれてタコ殴りにされてると、グスタフが助けに来てくれる。
「どうしたんだ?戦い方も忘れちまったのか!?」
(そうだ!体は最強でも、俺は戦いなんてやったことないから戦い方が分からないんだ!)
(剣を振った経験もないし、棍棒を躱したこともない。敵の動きが見えていてもどう動いたらいいのか分からない。これじゃ無双どころじゃない)
カイルがそんなことを考えてるうちにグスタフが俺の周りにいたゴブリンを一掃してくれた。
「すまない。助かった」
カイルがグスタフにお礼を言って周りを見ると、ゴブリンは全て片付いていて、女性3人は白い目でこちらを見ている。
(何だか非常に気まずい)
「みんな、足を引っ張ってすまない、ありがとう」
と言うと女性3人はますます変な顔で見てくる。
(俺、また何かやっちゃいました?)
それからしばらく歩くと城壁の大きな門に辿り着く。
巨大な門扉の両脇に衛兵が立っている。
グスタフがその衛兵に向かって
「カイル遊撃隊だ。魔王を討伐してきたので王に報告に来た」
と言うと衛兵は
「流石はカイル遊撃隊ですね!おめでとうございます!!」
「これで平和になるんですね!」
と歓喜する。
(それにしてもパーティ名に“カイル遊撃隊”って自分の名前を入れるなんて、カイルってやつ、どんだけ自己顕示欲が強いんだよ)
とカイルが考えていると、グスタフは衛兵に対し
「組織的な侵略は無くなると思うが魔物の残党はかなり残ってるから平和とは言い切れないから警戒は怠るなよ。」
と喜びすぎて油断しない様にたしなめる。
衛兵は表情を引き締めて
「了解しました!」
と言うと、大きな門扉の脇にある小さな扉を開いた。
(あ、大きい方が開くんじゃないのね)
カイルがそんなことを思っていると、こちらの考えを察したのか、グスタフが
「数人の出入りだけで、こんな大きな扉をいちいち開くのは大変だろ。こっちの大きな扉は馬車や軍勢の出入りなんかに使うんだ。そんな事まで忘れちまったのか。」
とこちらの疑問に答えてくれた。
(グスタフって第一印象では力一辺倒の怪力バカなのかと思ったが、意外と気が利くし頭いいよな)
そんなことを考えながら扉を通って城壁の中へ。
「これが王都か・・・・・・」