*
「ひっ! 妖魔があ!」
桔梗は悲鳴を聞きつけ、道を駆け抜けた。街の人を襲おうとしている巨体を、刃の毀れた刀で切りつける。一撃では難しかったが、なんとか仕留めきったところへ街の人がわめいた。
「何故夜でもないのに、妖魔が居るんですか!」
「桔梗さまたちの働きがたりないんじゃないですか!?」
恐ろしい目に遭った恨みの籠った叫びに万謝の態度で頭を下げながらも、桔梗は内心、はらわたが煮えくり返っていた。
(何故、私がこんな風に罵倒されなきゃいけないの! 全ては勝手にお役目を放棄したお姉さまの所為なのに!)
香月がいた頃のように短時間に妖魔を一気に集めきれないため、一体ごと駆逐せねばならず、手間が掛かる。その為、街の人には恐ろしい思いをさせてしまっている。どれもこれも、原因は香月だが、罵りたくても彼女は此処に居ない。いらだちが募るが、それを街の人に見せるわけにはいかなかった。
「蓮平は落ち目なのではないか」
「そもそも前までは伯爵の位にふさわしい力を持っていたと聞くが」
「しっ、大声で言うな。しかし、桔梗さまが子爵の桐谷さまとご婚約されているのは、以前より働きが悪くて政府から報酬を貰えない分を、隆盛な桐谷さまに援助願おうという理由らしいぞ」
「ははあ、桐谷さまは働きも良いと聞く。守りと金、両方が目当てか……」
「確かに聞き及ぶ桐谷さまの働きなら、蓮平殿の問題をあっという間に解決しそうだ」
街の人たちから蓮平の力について下世話に囁かれる声を、屈辱の思いで聞いている。人々のために今まで頑張ってきたのに、香月の所為でそれがなかったことのように語られるのは、断固として許せなかった。
しかしこの街を守る役目を負っている家族は街の人々に、自分たちの力が限界であることを伝えられないでいた。破妖の仕事が出来ないと認めるということは、その責に応じて政府から与えられている特権の何もかもを失うということだった。
蓮平は街を、ひいては国を守るという名目でその地位を得、屋敷を得、財産を得てきた。夜、妖魔と対峙しなければならない苦労はあったが、今まで黒神から付与されていた神力は妖魔の太刀打ちできる力ではなく、それ故桔梗たちは妖魔の前に歩み出ても恐怖すら感じたことがなかった。
だから破妖の仕事を十分に出来ないのだ、と認めることは、蓮平の全てを失うということに他ならなかった。
(お姉さまが邪魔をしなければ、私たちがこんな風に責められることもなかったのに……!)
次代を担う遣い手として嘱望されていた桔梗は、苦々しい思いで黒神から拒絶されたときのことを思い出す。ことに自分が破妖に関することで否定されることは、たとえ神が相手であっても許すことは到底無理なことだった。
(私たちの力を必要としないなんて言っておきながら、結果として妖魔を駆逐するには力が足りない。黒神さまの判断は間違っていたのだわ……!)
憤懣やるかたない心持ちで訴えてくる街の人に対峙していると、こちらも他方の妖魔を片付けてきた父親が低く口を開いた。
「いいか、桔梗。なんとしてでも、香月を引きずり戻す。そして、あやつを葬ってでも、黒神さまにお力を頂かなくてはならん」
「でも、お姉さまは神世に居るのでしょう? どうやって引き戻すというの……?」
神世は神の住まう世界。人がやすやすと行ける場所ではないのだ。桔梗の疑問に、父親は短く答える。
「案ずるな。私に策がある」
父がいう、策とはなんであるのか。しかしこの場で父の言葉に頷かない理由を、桔梗は持ちえなかった。
「分かりましたわ、お父さま。私が必ず、黒神さまのお目を覚まさせて差し上げます」
そして街の人たちに向き直った。
「皆さま。もうすぐ、この事態は解決させます。ええ、諸悪の根源、姉と差し違えてでも」
「ひっ! 妖魔があ!」
桔梗は悲鳴を聞きつけ、道を駆け抜けた。街の人を襲おうとしている巨体を、刃の毀れた刀で切りつける。一撃では難しかったが、なんとか仕留めきったところへ街の人がわめいた。
「何故夜でもないのに、妖魔が居るんですか!」
「桔梗さまたちの働きがたりないんじゃないですか!?」
恐ろしい目に遭った恨みの籠った叫びに万謝の態度で頭を下げながらも、桔梗は内心、はらわたが煮えくり返っていた。
(何故、私がこんな風に罵倒されなきゃいけないの! 全ては勝手にお役目を放棄したお姉さまの所為なのに!)
香月がいた頃のように短時間に妖魔を一気に集めきれないため、一体ごと駆逐せねばならず、手間が掛かる。その為、街の人には恐ろしい思いをさせてしまっている。どれもこれも、原因は香月だが、罵りたくても彼女は此処に居ない。いらだちが募るが、それを街の人に見せるわけにはいかなかった。
「蓮平は落ち目なのではないか」
「そもそも前までは伯爵の位にふさわしい力を持っていたと聞くが」
「しっ、大声で言うな。しかし、桔梗さまが子爵の桐谷さまとご婚約されているのは、以前より働きが悪くて政府から報酬を貰えない分を、隆盛な桐谷さまに援助願おうという理由らしいぞ」
「ははあ、桐谷さまは働きも良いと聞く。守りと金、両方が目当てか……」
「確かに聞き及ぶ桐谷さまの働きなら、蓮平殿の問題をあっという間に解決しそうだ」
街の人たちから蓮平の力について下世話に囁かれる声を、屈辱の思いで聞いている。人々のために今まで頑張ってきたのに、香月の所為でそれがなかったことのように語られるのは、断固として許せなかった。
しかしこの街を守る役目を負っている家族は街の人々に、自分たちの力が限界であることを伝えられないでいた。破妖の仕事が出来ないと認めるということは、その責に応じて政府から与えられている特権の何もかもを失うということだった。
蓮平は街を、ひいては国を守るという名目でその地位を得、屋敷を得、財産を得てきた。夜、妖魔と対峙しなければならない苦労はあったが、今まで黒神から付与されていた神力は妖魔の太刀打ちできる力ではなく、それ故桔梗たちは妖魔の前に歩み出ても恐怖すら感じたことがなかった。
だから破妖の仕事を十分に出来ないのだ、と認めることは、蓮平の全てを失うということに他ならなかった。
(お姉さまが邪魔をしなければ、私たちがこんな風に責められることもなかったのに……!)
次代を担う遣い手として嘱望されていた桔梗は、苦々しい思いで黒神から拒絶されたときのことを思い出す。ことに自分が破妖に関することで否定されることは、たとえ神が相手であっても許すことは到底無理なことだった。
(私たちの力を必要としないなんて言っておきながら、結果として妖魔を駆逐するには力が足りない。黒神さまの判断は間違っていたのだわ……!)
憤懣やるかたない心持ちで訴えてくる街の人に対峙していると、こちらも他方の妖魔を片付けてきた父親が低く口を開いた。
「いいか、桔梗。なんとしてでも、香月を引きずり戻す。そして、あやつを葬ってでも、黒神さまにお力を頂かなくてはならん」
「でも、お姉さまは神世に居るのでしょう? どうやって引き戻すというの……?」
神世は神の住まう世界。人がやすやすと行ける場所ではないのだ。桔梗の疑問に、父親は短く答える。
「案ずるな。私に策がある」
父がいう、策とはなんであるのか。しかしこの場で父の言葉に頷かない理由を、桔梗は持ちえなかった。
「分かりましたわ、お父さま。私が必ず、黒神さまのお目を覚まさせて差し上げます」
そして街の人たちに向き直った。
「皆さま。もうすぐ、この事態は解決させます。ええ、諸悪の根源、姉と差し違えてでも」



