「手伝ってくださるのですか?」
白陽の行動に驚いた香月はそう問うた。白陽はやはり、口の端をあげたまま、言った。
「そうだな、面白いお前がこれからあやつとどうしていくのか、興味を持った。だから石を軽くしてやるくらいなら、してやる」
そしてそのまままた腕を振ると、今度は香月自身が石の入った籠を背負ったまま、滝壺から持ち上げられた。驚く間もなく、白陽がいる滝の裏から水の膜と崖の隙間を縫って表へ出、体がぐんぐんと上昇していく。やがて玄侑が香月を探す声が耳に届き始めて、彼の元に届けてくれるつもりなのだ、と気づき、香月は滝壺に向かって叫んだ。
「あの……! ありがとうございます……!」
滝のしぶきで底が見えなくなった景色に、香月は感謝をした。
ふわっと水が滝を下る川の先まで持ち上げられる。すると玄侑が香月を見つけて、川縁を走り寄ってきた。そこで気がついたが、落ちる前は川面を覆っていたもやがない。香月はまだ白陽の力によって水面から浮かび上がっており、体はすいと河原へ導かれ、下ろされた。すぐに玄侑が香月の手を取り、けがはないか、と尋ねた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。けがはないようです」
「しかし、汚れがついてしまっている」
そう言って玄侑は、自らの袖でごしごしと頬についたとおぼしき汚れを拭ってくれた。乱暴な手つきだったが、玄侑が香月に触れてくれただけで、香月の胸はあたたかい。
「白陽に会ったのか」
「おわかりになるのですか?」
何も言っていないのに言い当てられて、驚いた。玄侑は口を自嘲気味に曲げて、君が無事だったからな、と続けた。
「この川が持つ力は白陽の熾した力だ。大事なものだから、もやが掛かって俺にはあまり見えないようになっている。それに分け入って入った君が、水にも濡れず戻ってきたのだから、彼が君を助けたのだろうと思ったんだ」
力が及ぶなら、俺が助けたかったが。
玄侑はそう言い、瞳を曇らせた。その表情に胸が痛くなる。
玄侑は、どうして神世で厭われているのだろう。人世に対して大事な役割を負っているのに、紅炎といい丹早といい白陽といい、玄侑に対して同じ神世に居る存在としてあまりにも彼に冷たすぎるのではないか。そう思うのは、香月が玄侑の肩を持つが故なのか。香月はためらった末、白陽の言葉を玄侑に打ち明けた。
「白陽さまとお話をいたしました。玄侑さまがご自身の意思を貫かれるためにとおっしゃって、私に石を分けてくださいました」
背負い籠に入った、ちっとも重たくない石を見せると、なるほど、と玄侑は頷いた。
「であれば、それは君の手柄だな。その石を使って、練習用の鈴鐘をたくさん造ろう。練習すれば、上手くなる。なにごとも最初から上手くはいかない」
ぽん、と玄侑の手が香月の頭に乗る。大きくあたたかい二度目のそれに、心の臓を羽根の先でくすぐられるような感覚を覚えた。くすぐったくて、心地よい。
「励みます。そして人世を戻しましょう」
「ああ」
玄侑の瞳に、光が戻った。
そう言えばと不意に気がつく。初対面の時に彼はこんな風に瞳に光を宿していただろうか。それが香月と過ごす内に変わったことなら、それは果たして良いことなのか悪いことなのか、香月には判断がつかなかった。



