ごく疑問の顔で、玄侑が言った。手には出来上がった鈴鐘がひとつ握られており、おそらく炉を離れるときに、出来上がっていたもののなかから持ってきたのだと思われた。おもわぬ話の飛びように、香月は緊張感でごくりと喉を鳴らした。
「こ……、これは界を定める鈴鐘なのでは……」
「知っているのか? そうだ。際が不安定なのは事実だから、行動は早い方が良いと思ってな」
夢の女性が持っていたものと同じものを見せられて、思わず怖じ気づく。しかし、玄侑の言はしごく尤もだ。それに、たった今、自分は玄侑の為にもっとなにかをしたい、と思ったばかり。当の玄侑が希望してくれるのだから、大事そうなものだからと及び腰になるのは間違いだ。
「は……、はい……。やってみます……。どのようにして……」
どうやって、力を封入したらいいのか。香月はそう聞こうとした。
香月の力は自分でどうこうできるものはなく、右の手のひらの印を介して玄侑に取り出してもらわないといけない。どうしても玄侑に力添えを頼まないといけないと思って、彼を仰いだその時。
顔を上げると、玄侑が美しい闇色の瞳で香月を見るものだから、ふっと握っていた手の緊張がゆるんだ。玄侑が香月の手に乗せようとした鈴鐘は、力の緩んだ手のひらからポロリとこぼれ落ちる。
「……っ」
瞬間、鈴鐘はパーンと固い音をさせて砕けた。砕けた欠片和黒々と輝いて床に散らばってしまう。玄侑が丹精込めて造った鈴鐘が粉々に砕けて、香月は驚き、蒼白した。
「もっ、申し訳ありません!」
直ぐさま欠片を拾おうとしたその手を、玄侑が捕らえた。ちりっと指先に痛みを感じたのは、その後だった。
「!? げ、玄侑さま!?」
香月は自分が見つめている先で行われていることを、理解できないでいた。割れた鈴を拾おうとした香月の手を、玄侑が捕らえた。そして有無を言わさず、人差し指を口にくわえたのだ。鋭い痛みを感じたのは、その一瞬あと。玄侑の舌が、傷に触れてしみたのだと理解したのは、もっと後だった。
「げ、げげ、げんゆうさま、はな……、離してください……! 御身が……穢れます……っ!」
香月を混乱が襲う。自分に誰かが触れている……、それも神たる玄侑が、あろうことか黒の血を持つ香月の指を銜えるなど……!
(ひ、引っ張っても良いの!? で、でも、不敬では!?)
神と人とは違う存在だ。同じ食べ物を食べられても、人世の存在である香月の生身を神世に住まう玄侑が口に含むなど、考えられなかった。
(血が……、きっと口の中に、血がにじんだわ……。わたしの、黒の血が……)
そう意識すると、混乱は直ぐに恐慌に変わり、呼吸が浅くなった。神たる玄侑が妖魔の気配に染まってしまったら、どうなるのか。神世の乱れ。人世における妖魔の増大。すべてに悪い気がして、畏れと恐怖で頭の中がぐるぐるする。胃の腑から、苦いものがせりあがってくるような感じがした。
「う……」
吐き気を堪えて視線を俯けると、玄侑が人差し指を解放し、どうした、と問うてきた。取り敢えず指を離されたことでホッとする。
「傷は治した。他にも怪我をしたのか」
深い闇色の瞳が、香月を見ている。そこには深憂も危惧も見えない。なんの飾りもなく、ただ、疑問であるというだけのようだった。
「い……、え……。……玄侑さまは、……お具合、悪く、ないですか……」
まっすぐな視線にようよう応えると、玄侑は表情を変えずに、なんともないが、と応じた。
その様子に、安堵する。彼が、香月の心境を、なんら配慮しないでそう言ってくれたことが、香月には救いだった。彼の言動は、それが真実であり、それ以外の何物でもないと物語っている。それが彼の表情で分かることで、香月は遠慮なく玄侑の言葉を信じられるのである。
(この方は、きっと手を翻さない)
最初の頃から変わらない、香月に何の感情も持たない黒の瞳を見つめてしまっていたらしい。玄侑が片眉を上げて、どうした、と問うた。
「あ……っ、申し訳ありません……。お具合が悪くなければ、良いのです……」
香月は玄侑から視線を外し、謝罪の意味で頭を下げた。俯けた視線の先で、玄侑の骨ばった長い指が鈴鐘の欠片を拾う。黒々とした破片に窓から差し込む光が反射し、玄侑の墨のような色の瞳に明るく映った。
「器には適当な量、というものがあるが、これはこの鈴鐘に対して多すぎた、ということだ。失敗は誰にでもある。練習をして出来るようになれば良い」
「はい」
そう返事をする香月の右の手に、新しい鈴鐘が載せられた。小さいがずっしりと重く、黒々と輝いている。
「俺が君の力を貰う時のように、印から力を放出することを想像してくれ。印を通じて、君の力が鈴に封入できれば良い」
「はい……」
手のひらから力を玄侑に渡すときのような……。そう思って目を閉じる。玄侑に手をかざされたときに感じる熱く身の内で滾る熱や、鼓膜を撫でる音を想像する。すると、体の奥の方、胃の腑よりももっと奥深くからふつふつと沸きあがる何かを感じてきた。次の瞬間。
ころり、と鈴鐘が手のひらからこぼれ落ちた。地面に落ちた鈴鐘は音をさせずにそこを転がって止まった。
「これ、は……」
「失敗だな。気にするな。何事も最初からうまくはいかない」
感情を揺らさず、玄侑が言って鈴鐘を拾う。しかし彼の言葉に、香月は落胆した。失敗は誰にでもあると言われたが、出来れば失敗はないほうが良い。蓮平では妖魔をひきつけられなかった時に、とても怒られたから。
「では、次」
と言われて載せられた鈴鐘も、やはり手からこぼれ落ちる。次々と手のひらに載せられる鈴鐘に、封入を意識してみたが、なかなかうまくいかない。二人が見つめる中、懸命に手のひらの印から力を放出することを思い描くが、現実にはどんどん鈴鐘を廃棄にするばかりだ。手のひらからぽろぽろと落ちていく黒い鈴鐘を、泣きそうな思いで見つめる。
(せっかく期待されているのに……)
香月の手に鈴を乗せる玄侑の瞳が、鈴鐘の変化の全てを見守っている。それはおそらく香月に対するわずかな期待なのだと思うからこそ、なんとか力を封入したいし、出来なくて焦りがどんどん大きくなる。
「……っ」
出来ないなら要らない、と言われたら、どうしよう。そんなことで頭がいっぱいになる。
「……ぅ」
またひとつ、手のひらから鈴鐘が転がり落ちた。唇を引き結んで涙を堪えながら、次の鈴鐘が手に乗せられるのを待っていると、ふっと視野に影が差した。玄侑が一歩近くに寄り、慌てるな、と言った。低くて、落ち着きのある声だ。
「五家の人間は人ならざる力を使うことが出来る。だが、それは練習するからだ。誰も赤子の時から俺の力を使えるわけではない。君は力を使うことを練習したことがないんだろう? だったら、今始めたことが急に出来ると思わない方が良い」
「……、……っ」
諭されて、恥ずかしくなる。本当にそうだ。何を、うぬぼれたのだろう。桔梗たちのように、力を自在に操れるなどと。しかし玄侑は、こうも続けた。
「しかし、君が頑張ろうとしてくれることには、感謝する。君がいなければ、俺はまだ人世の問題を解決できずにいただろう」
感謝、と玄侑は言った。契約を持ちかけてくれたときですら、彼に主導権があったのに、その玄侑が香月に謝意を述べている。いろいろなものが頭の中で渦巻いて、気づけばぽろりと涙を流してしまっていた。
「……、…………っ」
ポタポタと、しずくが落ちる。顔を両手で覆っても、止まらなかった。
「な……、なぜ、泣くんだ……。俺はそんなに……、君を責めただろうか……」
目の前で鈴鐘を持ったまま、玄侑がおろおろしているのが分かる。ああ、この神さまは、決して無表情で無感情なんかじゃない。こんなに香月を思いやってくれて、もし自分に非があるのなら、改めようと思ってくれる、とてもやさしい神さまだ。
「いいえ……。いいえ、違うのです、玄侑さま。嬉しくて……」
「嬉しい?」
戸惑い気味の玄侑に、はい、嬉しいのです、と重ねて応える。
「能力を活かせない今の私を諭してくださり、なおかつその私に謝意を頂きました。私は……、今まで努力に感謝をされたことが、なかったのです……」
妖魔の前に身をさし出すのは当たり前で、引き寄せ方が悪かったら折檻された。あれらを一匹でも逃せば三日は食事が抜きだった。香月は元々、蓮平に生まれてはいけない子供だったのだから。
父も母も、香月がこの血を持っていなければ、と何度も言った。母は特にそう言うことが多かった。ごめんなさいと何度も泣いて言ったけど、彼らには届かなかった。そして桔梗が初陣を飾って、香月はますます蓮平のお荷物になった。何も出来ないからだった。
だけど、神世に来てからは、食事は一日三食頂いているし、食事作りの練習だってさせてもらっている。玄侑の仕事に直接関わるような、際の鈴鐘にも挑戦させてもらえて、香月は此処で自分などどうでもいいのだ、なんて思うことがなくなった。それはひとえに、玄侑に必要とされ、彼が香月に前を向かせてくれたからである。
「ありがとうございます、玄侑さま。私は……、私はもしかして……、命あることを許される人間だったのではないかと、思えるような気がします……。玄侑さまにおっしゃっていただかなかったら、分からなかった……。ありがとうございます……」
「いや、俺は別にそんなたいそうなことを言っては居ないが……」
頭を下げる香月に、困惑の色を濃くした瞳で玄侑が言う。しかし香月がそれを止めないので、続きをやるか、といって、また香月の手に鈴鐘を乗せた。すると。
「こ……、これは界を定める鈴鐘なのでは……」
「知っているのか? そうだ。際が不安定なのは事実だから、行動は早い方が良いと思ってな」
夢の女性が持っていたものと同じものを見せられて、思わず怖じ気づく。しかし、玄侑の言はしごく尤もだ。それに、たった今、自分は玄侑の為にもっとなにかをしたい、と思ったばかり。当の玄侑が希望してくれるのだから、大事そうなものだからと及び腰になるのは間違いだ。
「は……、はい……。やってみます……。どのようにして……」
どうやって、力を封入したらいいのか。香月はそう聞こうとした。
香月の力は自分でどうこうできるものはなく、右の手のひらの印を介して玄侑に取り出してもらわないといけない。どうしても玄侑に力添えを頼まないといけないと思って、彼を仰いだその時。
顔を上げると、玄侑が美しい闇色の瞳で香月を見るものだから、ふっと握っていた手の緊張がゆるんだ。玄侑が香月の手に乗せようとした鈴鐘は、力の緩んだ手のひらからポロリとこぼれ落ちる。
「……っ」
瞬間、鈴鐘はパーンと固い音をさせて砕けた。砕けた欠片和黒々と輝いて床に散らばってしまう。玄侑が丹精込めて造った鈴鐘が粉々に砕けて、香月は驚き、蒼白した。
「もっ、申し訳ありません!」
直ぐさま欠片を拾おうとしたその手を、玄侑が捕らえた。ちりっと指先に痛みを感じたのは、その後だった。
「!? げ、玄侑さま!?」
香月は自分が見つめている先で行われていることを、理解できないでいた。割れた鈴を拾おうとした香月の手を、玄侑が捕らえた。そして有無を言わさず、人差し指を口にくわえたのだ。鋭い痛みを感じたのは、その一瞬あと。玄侑の舌が、傷に触れてしみたのだと理解したのは、もっと後だった。
「げ、げげ、げんゆうさま、はな……、離してください……! 御身が……穢れます……っ!」
香月を混乱が襲う。自分に誰かが触れている……、それも神たる玄侑が、あろうことか黒の血を持つ香月の指を銜えるなど……!
(ひ、引っ張っても良いの!? で、でも、不敬では!?)
神と人とは違う存在だ。同じ食べ物を食べられても、人世の存在である香月の生身を神世に住まう玄侑が口に含むなど、考えられなかった。
(血が……、きっと口の中に、血がにじんだわ……。わたしの、黒の血が……)
そう意識すると、混乱は直ぐに恐慌に変わり、呼吸が浅くなった。神たる玄侑が妖魔の気配に染まってしまったら、どうなるのか。神世の乱れ。人世における妖魔の増大。すべてに悪い気がして、畏れと恐怖で頭の中がぐるぐるする。胃の腑から、苦いものがせりあがってくるような感じがした。
「う……」
吐き気を堪えて視線を俯けると、玄侑が人差し指を解放し、どうした、と問うてきた。取り敢えず指を離されたことでホッとする。
「傷は治した。他にも怪我をしたのか」
深い闇色の瞳が、香月を見ている。そこには深憂も危惧も見えない。なんの飾りもなく、ただ、疑問であるというだけのようだった。
「い……、え……。……玄侑さまは、……お具合、悪く、ないですか……」
まっすぐな視線にようよう応えると、玄侑は表情を変えずに、なんともないが、と応じた。
その様子に、安堵する。彼が、香月の心境を、なんら配慮しないでそう言ってくれたことが、香月には救いだった。彼の言動は、それが真実であり、それ以外の何物でもないと物語っている。それが彼の表情で分かることで、香月は遠慮なく玄侑の言葉を信じられるのである。
(この方は、きっと手を翻さない)
最初の頃から変わらない、香月に何の感情も持たない黒の瞳を見つめてしまっていたらしい。玄侑が片眉を上げて、どうした、と問うた。
「あ……っ、申し訳ありません……。お具合が悪くなければ、良いのです……」
香月は玄侑から視線を外し、謝罪の意味で頭を下げた。俯けた視線の先で、玄侑の骨ばった長い指が鈴鐘の欠片を拾う。黒々とした破片に窓から差し込む光が反射し、玄侑の墨のような色の瞳に明るく映った。
「器には適当な量、というものがあるが、これはこの鈴鐘に対して多すぎた、ということだ。失敗は誰にでもある。練習をして出来るようになれば良い」
「はい」
そう返事をする香月の右の手に、新しい鈴鐘が載せられた。小さいがずっしりと重く、黒々と輝いている。
「俺が君の力を貰う時のように、印から力を放出することを想像してくれ。印を通じて、君の力が鈴に封入できれば良い」
「はい……」
手のひらから力を玄侑に渡すときのような……。そう思って目を閉じる。玄侑に手をかざされたときに感じる熱く身の内で滾る熱や、鼓膜を撫でる音を想像する。すると、体の奥の方、胃の腑よりももっと奥深くからふつふつと沸きあがる何かを感じてきた。次の瞬間。
ころり、と鈴鐘が手のひらからこぼれ落ちた。地面に落ちた鈴鐘は音をさせずにそこを転がって止まった。
「これ、は……」
「失敗だな。気にするな。何事も最初からうまくはいかない」
感情を揺らさず、玄侑が言って鈴鐘を拾う。しかし彼の言葉に、香月は落胆した。失敗は誰にでもあると言われたが、出来れば失敗はないほうが良い。蓮平では妖魔をひきつけられなかった時に、とても怒られたから。
「では、次」
と言われて載せられた鈴鐘も、やはり手からこぼれ落ちる。次々と手のひらに載せられる鈴鐘に、封入を意識してみたが、なかなかうまくいかない。二人が見つめる中、懸命に手のひらの印から力を放出することを思い描くが、現実にはどんどん鈴鐘を廃棄にするばかりだ。手のひらからぽろぽろと落ちていく黒い鈴鐘を、泣きそうな思いで見つめる。
(せっかく期待されているのに……)
香月の手に鈴を乗せる玄侑の瞳が、鈴鐘の変化の全てを見守っている。それはおそらく香月に対するわずかな期待なのだと思うからこそ、なんとか力を封入したいし、出来なくて焦りがどんどん大きくなる。
「……っ」
出来ないなら要らない、と言われたら、どうしよう。そんなことで頭がいっぱいになる。
「……ぅ」
またひとつ、手のひらから鈴鐘が転がり落ちた。唇を引き結んで涙を堪えながら、次の鈴鐘が手に乗せられるのを待っていると、ふっと視野に影が差した。玄侑が一歩近くに寄り、慌てるな、と言った。低くて、落ち着きのある声だ。
「五家の人間は人ならざる力を使うことが出来る。だが、それは練習するからだ。誰も赤子の時から俺の力を使えるわけではない。君は力を使うことを練習したことがないんだろう? だったら、今始めたことが急に出来ると思わない方が良い」
「……、……っ」
諭されて、恥ずかしくなる。本当にそうだ。何を、うぬぼれたのだろう。桔梗たちのように、力を自在に操れるなどと。しかし玄侑は、こうも続けた。
「しかし、君が頑張ろうとしてくれることには、感謝する。君がいなければ、俺はまだ人世の問題を解決できずにいただろう」
感謝、と玄侑は言った。契約を持ちかけてくれたときですら、彼に主導権があったのに、その玄侑が香月に謝意を述べている。いろいろなものが頭の中で渦巻いて、気づけばぽろりと涙を流してしまっていた。
「……、…………っ」
ポタポタと、しずくが落ちる。顔を両手で覆っても、止まらなかった。
「な……、なぜ、泣くんだ……。俺はそんなに……、君を責めただろうか……」
目の前で鈴鐘を持ったまま、玄侑がおろおろしているのが分かる。ああ、この神さまは、決して無表情で無感情なんかじゃない。こんなに香月を思いやってくれて、もし自分に非があるのなら、改めようと思ってくれる、とてもやさしい神さまだ。
「いいえ……。いいえ、違うのです、玄侑さま。嬉しくて……」
「嬉しい?」
戸惑い気味の玄侑に、はい、嬉しいのです、と重ねて応える。
「能力を活かせない今の私を諭してくださり、なおかつその私に謝意を頂きました。私は……、今まで努力に感謝をされたことが、なかったのです……」
妖魔の前に身をさし出すのは当たり前で、引き寄せ方が悪かったら折檻された。あれらを一匹でも逃せば三日は食事が抜きだった。香月は元々、蓮平に生まれてはいけない子供だったのだから。
父も母も、香月がこの血を持っていなければ、と何度も言った。母は特にそう言うことが多かった。ごめんなさいと何度も泣いて言ったけど、彼らには届かなかった。そして桔梗が初陣を飾って、香月はますます蓮平のお荷物になった。何も出来ないからだった。
だけど、神世に来てからは、食事は一日三食頂いているし、食事作りの練習だってさせてもらっている。玄侑の仕事に直接関わるような、際の鈴鐘にも挑戦させてもらえて、香月は此処で自分などどうでもいいのだ、なんて思うことがなくなった。それはひとえに、玄侑に必要とされ、彼が香月に前を向かせてくれたからである。
「ありがとうございます、玄侑さま。私は……、私はもしかして……、命あることを許される人間だったのではないかと、思えるような気がします……。玄侑さまにおっしゃっていただかなかったら、分からなかった……。ありがとうございます……」
「いや、俺は別にそんなたいそうなことを言っては居ないが……」
頭を下げる香月に、困惑の色を濃くした瞳で玄侑が言う。しかし香月がそれを止めないので、続きをやるか、といって、また香月の手に鈴鐘を乗せた。すると。



