体育の授業が始まった。
真央は少し緊張していた。
体育が得意なタイプではないし、何より今日のメニューは長距離走。
新学期が始まったばかりのこの時期、みんなまだ様子をうかがっているような空気が漂っている。

「よし、全力でいくぞ!」
律が大きな声で宣言し、周りから視線が集まった。
やっぱり律は目立つ存在だ。

真央は律の視線を避けるようにして、少し離れた場所にいた。
だが、急に足元がぐらりと崩れ、真央は思わず倒れ込んだ。
「あっ……!」

足首をひねってしまったようだった。
歩こうとするたびに激しい痛みが走り、動けなくなる。

律はすぐに駆け寄った。
「真央、大丈夫か?」

真央は顔をしかめて答えた。
「足が……痛くて、動けない」

律は迷わず、真央の背中に手を回した。
「おんぶする。保健室まで連れてく」

「え、ちょっと……!」
真央は一瞬抵抗したけれど、律の真剣な表情に逆らえず、そっと背中に腕を回した。

背中越しに感じる律の温かさと鼓動。
真央の心臓は自然と速くなる。
「なんで、こんなにドキドキするんだろう……」

律は静かな声で呟いた。
「お前は、俺の特別だから」

その言葉に真央は驚いて、顔が熱くなった。
今まで聞いたことのない言葉だった。

律はさらにゆっくりと続ける。
「だから、守りたい。お前のことは、俺が守る」

真央は何も言えなくて、ただ律の背中をぎゅっと抱きしめるようにしていた。

保健室に着くと、看護師さんがすぐに手当てを始めた。
律は真央の隣に座り、ずっと手を握っていた。

「大丈夫か?」

「うん……ありがとう」

二人きりの空間で、距離はいつもよりぐっと近くなった。
律の視線が真央の顔に落ちて、真央はまた顔を赤くした。

律は微笑みながら言った。
「なあ、俺とまた一緒に過ごそうぜ。これからも」

真央は少し戸惑いながらも、嬉しそうに頷いた。
「うん、私も……」

昔、中学の校庭で律が真央を抱きかかえて走ったあの瞬間が、ふと頭をよぎった。
「お前は、俺の特別だ」

あの時も、今も。
律のその気持ちは、変わらないんだと確信した。

体育の授業での怪我は、不思議なきっかけになった。
律と真央の距離は、また少しだけ近づいたのだ。