それでも君が最優先

新学期が始まって数日が経った教室は、まだ少し落ち着かない空気が漂っている。
窓から入る春の光が柔らかく、真央の机に影を落としていた。
だが、その光景の中で、真央の心は落ち着かずにいた。

「…今日も律とは話さないでおこう」

そう心に決めていた。
律と関わると、どうしても周りの目が気になる。
「律の隣にいると、みんなが見てる…そんなの、嫌だ。」

教室のざわめきが遠くなるような錯覚に陥りながら、真央はひっそりと視線を落とした。
だが、ふと顔を上げると、律がこちらをじっと見ていることに気づいた。

律は、にやりと笑った。
「おい、真央」

その声は低く、けれど嫌味はなく、どこか余裕を感じさせる。
真央はとっさに視線をそらした。

「やめてよ…目立つのは嫌なんだ」

ぽつりと呟いた声は、クラスの喧騒にかき消されそうで、自分でも驚くほど小さかった。

律はそんな真央をじっと見て、軽く肩をすくめて笑う。
「まあ、そういうとこも好きだけどな」

真央の机の上に、さりげなくプリントを置いた律。
「これ、真央の分だよ。忘れてたんだろ?」

真央は慌てて首を振った。
「やめてって言ったのに…そんなことしないでよ」

律は楽しそうに笑いながらも、真央の目をじっと見つめる。
「お前って、本当に困ったやつだな」

その言葉に、真央の胸の奥がじんわりと温かくなる。

放課後、移動教室でのこと。

律は先生に頼んで、わざと真央とペアを組ませた。
「これで、一緒にやろうぜ」

真央は一瞬固まったが、律の真剣な表情に押されて、しぶしぶうなずいた。

授業が進む中、律はさりげなく真央の手元を助ける。

「おい、ここ間違ってるぞ」

律の声は小さく、けれど温かくて、真央は顔を赤らめながらも、少しずつ心がほぐれていくのを感じた。

昼休みの中庭。

真央はひとり、ベンチに座っていた。
律が他のクラスメイトと楽しそうに話すのを遠くから眺めていると、胸の中にぽつんとした嫉妬の気持ちが芽生えた。

「なんで…あんなに楽しそうなんだろう」

その気持ちに戸惑いながらも、律が真央のほうへ歩いてきた。

「おい、真央。今日の昼飯、一緒に食べないか?」

律の誘いに、真央は驚いたけれど、うなずいた。

隣に座った律の顔が近い。
「なあ、俺、お前のそういうとこ、結構好きなんだぞ」

真央は思わず目をそらす。

「それ、嫌味?」

律は笑いながら首を振った。

「違うよ。お前が目立ちたくないって言っても、俺はお前のことをもっとみんなに知ってほしいんだよ」

真央の心臓が早鐘のように鳴る。

「そんなの、無理だよ…」

律は真央の手をそっと握った。
「俺がいるから大丈夫。安心しろ」

その言葉に、真央は目を潤ませた。



【過去のフラッシュバック】

中学時代の校庭。真央が律の腕を軽くつかみ、無理に笑いながら言った。

「律、目立ちすぎだよ…みんな見てる」

律はそれでも真央に笑いかけた。
「俺はお前が好きだから、どこにいても見つける。お前も俺を見てくれよ」



真央は小さく息を吐いた。

「…律、ありがとう」

律はにっこりと笑った。

「俺は、お前のことをずっと守りたいだけだ」

それは真央にとって、何よりも安心できる言葉だった。