「綴先輩!」
名を呼べば、その足が止まった。
そしてこちらを振り返る。おお、届いたよかった。
俺は離れていた綴先輩との距離を縮めて、前に立った。
学校でこうやって会うのは初めてである。まあ、学年も違うし関わることなど皆無に等しいわけで。
兄貴の口からちょいちょい名前は聞くものの、たいした話はでてこない。
正直、もう少し綴先輩のことは知りたいと思っていたところであった。
幾分か俺より背の高い綴先輩を見上げた。
「この前ぶりっすね」
にっと笑えば綴先輩はあいも変わらずその表情を変えることなく小さく頷く。
俺がゆっくり廊下を歩き始めると綴先輩は俺の横を並んで歩き始めた。
「綴先輩、なんで職員室に?」
「そっちこそ、なんで」
ーーー『そっち』か。
「俺は、まあ、色々」
テストの紙を後ろにまわし両手でくしゃくしゃに握りつぶす。こんなもの見せてたまるかってんだ。
「綴先輩の担任って、響子ちゃんなんすね!俺1年の時古文教えてもらってました」
「…へえ」
「美人だし、巨乳だし、男子生徒にも人気っすよね、やっぱ綴先輩もああいうのが好みなんすか」
からかい口調で下から覗き込むように綴先輩をみれば、少しの軽蔑を含んだその瞳が俺を見下ろす。あ、感情。悪い方の感情だが、この朴念仁の感情を引き出せたことに少しの喜びを感じる。
綴先輩は、俺の方に手を伸ばして軽く額を小突いた。
「…アホか」
そう言ってスタスタと歩みを早める。俺は負けじと綴先輩の横に並んだ。
「じゃあどういうのがタイプなんすか」
「考えたことない」
「考えなくても女が寄ってくるから困らないって?」
「そんなこと言ってない」
「ちなみに俺の好みは」
「きいてない」
見事にそう遮られて俺は軽く頬を膨らませる。なんだよ、待てよ興味。
先輩は俺の方を気にかける様子もなく、階段を登っていく。さすがに3年の教室まで着いていくということは出来ず、俺は離れていく綴先輩の背中姿を見上げた。なんだか解せない気持ちが湧き出てくる。
耐えきれず、握りしめた2点のテストを俺はその背中に投げた。
軽い何かが当たる感触があったのだろう、綴先輩が静かにこちらを振り向き、そして落ちたそれをゆっくりと拾い上げた。
「しまった…」
無意識に出た自分の行動を悔やんでももう遅い。綴先輩がくしゃくしゃになった2点のテストボールをひらいていく。
「2点…」
視界に入った数字をそのまま口に出した先輩。俺は慌てて口を開いた。
「そ、れは、たまたま調子悪くて、てか数学苦手なんすよっ」
綴先輩は静かに階段を降り始めた。そして俺の前にそれを差し出す。
ぎこちなく受け取ろうとするが、先輩の手がテスト用紙から離れない。
「綴先輩?」
「ありえない」
「え?」
「2点って、ありえない」
ありえない、だと。なぜか先生に言われるより綴先輩に言われた方が結構きついかもしれない。この無表情さがより気持ちをえぐってくる。



