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「生田、これ見てどう思う」

ひらひらと顔の前で紙が揺れている。
俺はため息をついてその赤く刻まれてる数字から目を逸らした。

「まあ、そういう日もあるかなと」

「お前はそういう日だらけだろう」

『2点』と書かれた数学のテストの紙が先生のデスクに荒々しくぶつかる。それは先生の手の圧によりしわしわになっていた。
そして俺は怒りを通り越して呆れに染まっている先生の顔を見る。

「もう2年だろ、進路のこととかしっかり考えないといけない中で、2点て」

「…」

「2点て」

「何回も言わないでください。職員室で言われるとそこそこ恥ずかしさ増すんで」

「恥ずかしさがあるだけマシかあ」

デスクに項垂れている先生の薄くなっている後頭部を見つめる。教師ってストレスすごそう。俺みたいなやつの相手をしないといけないわけだし。
あれかな、この非力そうなおっさん教師も帰ったら俺の顔写真が貼られているサンドバッグとか殴り倒すとかしてストレス発散してんのかな。

俺たちの前に立ちはだかる大人たちは、いつだって大人であることに誇りをもっているフリをして、偉そうに、俺たち以上に抱えてこんでいるはずなのに、何を考えているか分からない不条理さを感じる。

俺だってそんな大人になるわけで。え、こわあ。


「次はせめて10点目指して頑張ります」

「目標ひくう…これ100点満点のテストなんだけど」

「はい知ってます」とドヤ顔で言葉を放つとますます先生は呆れたような顔になった。

「生田、お前何か目標とか将来の夢とかないのか?」

「夢、っすか」

「そう、なりたいものがあれば人間それに向かって頑張れるもんだろ」

はて。あまり考えたことがなかった。普通に、何事もなく高みも目指さず、それなりに平凡に生きていければそれで。

「教師以外っすかね」

「え、喧嘩売ってる?」

へへ、と軽く笑って俺は職員室を見渡した。勉強の分からないところを聞きにきている人や、相談ごとをしている人、それから。

「あ」

視界に入ったのは、この空間で1人だけ異世界のような輝きがある人。伏し目がちに椅子に座っている先生を見下ろしてなにやら真剣な顔で話し込んでいる様子だった。

ーーー綴先輩だ。

綴先輩は軽く頭を下げて職員室を出て行こうとする。
あれから、綴先輩とは話していない。

別に、「一星」と呼ばれることを期待していたわけではないが、あの出来事で勝手に距離が縮まったと思い込まされていた自分が甚だ呆れる。

「先生、もういいっすか」

「え」

俺は先生のデスクから2点のテスト用紙を奪い取り、軽く頭をさげる。

「あ、おい生田」

「分かりました、20点とりますよ!文句ないっしょ!
それに目標も…決めてきます、たぶん!
じゃっ失礼します」

「…20点でも赤点なんだけどなあ」

そんな先生の声は聞こえていたけれど、俺は無視をして職員室を走ってでる。

お昼休みの人混みの廊下の中で、一際目立つその姿を視界に入れて俺はすっと息を吸った。