生意気でごめん、先輩



短く笑った綴先輩。この人やっぱり分かってない、あんたかっこいいんだって。

「年上のイケメン彼氏連れてこいって言ったよね、なに?嘘だったの?」

憤慨している女の口からもれたそれ。どういうことだ?と俺も綴先輩も首を傾げる。
と、

「ごめん、なさい。嘘ついて」

「嘘つく意味が分かんないだけど」

「みんなに、追いつきたくて」

「何それ意味分かんないし、きしょすぎ」

一方のヒートアップしていく口調。だが、俺と綴先輩はそのことよりも気になることがあった。
きいたことある声であったそのか弱い声。気のせいかと思ったけれど、綴先輩の表情を見れば気のせいでないことを察した。

怒っている方の女は、髪の毛をかきあげながら腰を椅子におろしてため息をつく。

「しょうもない嘘ついて、あんた何したいの?バカなの?」

「っ、ごめんなさい」

「あんたみたいな陰キャを私たちのグループに入れてやってるだけありがたいと思ってほしいんだけど」

そう言って水の入ったコップを握りしめてか弱そうな女を睨みつけるそいつ。
俺は綴先輩の方に顔を寄せた。

「綴先輩、あの子ってこの前図書館で振った女の子じゃん」

綴先輩は否定も肯定もせず、その場を静観している。
この人、もしや助けたいとか思ってんの。
だって、あの子が嘘をついた内容の「イケメン彼氏」はまごうことなく、今俺の目の前にいる恋人なわけで。
今、綴先輩があの子を助けることで、あの子の彼氏ということにされてしまうのではないだろうか。
あの子が「やっぱり嘘じゃありませんでした、この人が彼氏です」って言う可能性だってある。

それは、断固阻止せねば。

「あんたさ、頭も悪くて、陰キャで、加えて虚言って、まじやばくない?」

「ごめんなさい」

「これ、普通に裏切りだからね、明日から学校来んなお前」

「でも…」

「あ、じゃあ明日慰謝料持ってきてよ、あたしたち嘘つかれて傷ついてるから、1人2万ずつだから6万持ってきて」

綴先輩の腰があがった。瞬時に手を掴む。

「一星」

「気持ちはわかるけど綴先輩は行っちゃだめ」

事態がよけいややこしくなる。
俺は氷しか入っていないコップを握りしめて立ち上がった。
そして女子高生たちのところへ歩いていく。
テーブルのところで立ち止まった俺を女たちが不思議そうに見つめた。か弱そうな女だけが俺の顔を見た瞬間思い出したように「あ」と声をもらした。

俺は手に持っていたコップを持ち上げて、先ほどまで怒り狂っていた女の頭の上で逆さにする。
氷と、溶けた少しの水が女の頭を濡らしていく。
自分がされたことが理解できた瞬間、女は勢いよく立ち上がり、俺を睨みつける。

「何すんの、誰あんた」

「通りすがりの者です」

「通りすがりのもんがこんなことしていいと思ってんの?ふざけんなよ」

「いや、頭冷やした方がいいと思って」

そう言うと、女はテーブルに置いていた自らのコップを持ち上げて俺に水を浴びせた。
見事に顔面に命中し、前髪から水滴が溢れる。

「おいこっちは氷だったぞ!なんでてめえは大量の水なんだよ!ふざけんな!」

「やられたらやり返す倍返しよ!」

「どこぞの銀行員かてめえは!」

お互いが掴みかかろうとしたところで怒り狂ってる女は周りの女子高生に止められ、俺の腕はいつのまにこちらに来ていた綴先輩に握られていた。

「綴さんっ!」

俺が名を呼ぶ前に、か弱そうな女の声が響く。
その期待を帯びた声がやけに嫉妬心を攻撃してくる。

「だ、誰、あんた、もしかして、イケメン彼氏って」

綴先輩を前にして俺に掴みかかろうとしていた女も少し塩らしくなり、猜疑心を含ませた表情でそう言う。
おい、やめろって。だから綴先輩は介入してほしくなったのに、俺1人でなんとかしようと思ったが到底そんなことは無理だった。自分をぶん殴りたい。

綴先輩はなぜか何も言わずにか弱そうな女を視界に入れた。はやく拒否しろよ、まさか満更でもないのか?うわ、無理、やだ、そんなことになったらこの場で泣き喚いてやる。

この女は絶対頷く。そう思ったが、俺の予測とは反してそのか弱そうな女は首を横に振った。

「違うの、さっき言いましたよね、イケメン彼氏なんて、私の嘘です」

はっきりとした口調でそう言った。
そしてゆっくりと立ち上がる。

「巻き込んですみませんでした」

深く頭を下げたその子。そして頭を上げたあと体の向きを変えて女子高生たちの方をみてまた頭を下げる。

「嘘をついて、すみませんでした」

「謝って済むと思ってんの?」

「思ってないから、明日からあなたたちとは関わらない、話しかけもしない。もう、誰かと比べたり、嘘をついたり、自分が自分で嫌いになるようなこと、絶対にしない」

再度「本当にすみませんでした」と言葉を放ったあと、鞄の中から1000円を出してテーブルに置いたその子はその場からゆっくりと離れていく。
唖然としている女たちとなぜかびしょ濡れの俺と、至って冷静な綴先輩。

綴先輩は俺の手小さく引いて「俺たちもいくぞ」と歩き出す。
テーブルに置いていた自分の鞄を綴先輩は俺に差し出す。どうやら、俺が揉め始めた頃にさっさと会計を済ませて荷物をまとめていたようであった。どんだけ冷静なんだ、この人。

店を出て早足で歩けば、か弱そうな女にすぐに追いついた。その丸っこい背中姿を後ろから見つめる。

「あの子、名前なんて言うんですか」

「…覚えてない」

「なんで勉強教えてたんですか」

「頑張ってたから」

綴先輩らしいな。
そんなこと思っていれば、女が足を止めてこちらを振り向いた。