生意気でごめん、先輩




「…聞こえねえ」

俺は一体何をしているんだろうか、そう我に返ったところで引き返すことはしないけど。
綴先輩の教室。閉められた戸に耳を当てていた。中では響子ちゃん、綴先輩、そして綴先輩の父の3人の面談が行われている。

微かに響子ちゃんの声は聞こえるが何を言っているかまでは聞こえない。ちっくしょう。

俺は一旦戸から耳を離してあたりを見渡す。反対側の奥の戸に小さな隙間があるのが見えた。

身を屈めながらそこに向かい、再び耳を澄ませる。
先ほどより声が鮮明に聞こえてきた。

「…では、お父様は特に反対はしていないということですか」

「そうですね、反対はしていませんが息子のことを理解しようとは思いません」

「あ、あの、それは、その」

「わたしは、息子を立派な医者になるよう育ててきたつもりです。それが教師になりたいだなんて、まあ一時的な反抗だろうと思ってましたが、この時期までこうも意固地だと勝手にしろという気持ちになりましてね」

反対はしていないけど、理解はしない。それって、結構ひどいことなんじゃないのだろうか。
綴先輩は今、隣でどんな気持ちになっているんだろう。
感情を押し込めるように拳を握りしめた。きっと、綴先輩もそうしている。堪えて、堪えて爆発しないように我慢している。

響子ちゃんが戸惑う声色で「つ、綴くんは、それで大丈夫?」と小さな声で綴先輩に聞いた。
これ以上はむやみやたらに突っ込めないのだろう。

「…はい」

綴先輩の低い声が聞こえてくる。

はいって、絶対大丈夫じゃないくせに。
本当は、理解してほしいって思っているくせに、なんでそんな諦めたような声を出しているんだ。

「先生、もうよろしいでしょうか、秋斗のことはもう諦めてますので。
これから病院に戻らないといけないのでこれで失礼します」

ガタンっと椅子の音が聞こえる。戸から耳を離して俺は屈めていた身を伸ばした。
はやくここから去らないといけないことは分かっているのに、できなかった。だって、綴先輩が苦しんでいる。

目の前の戸があいた。

「おっ、なんだ、誰だ」

少し驚いた様子の綴先輩の父親が俺の前で少し肩を上げた。

「どうも初めまして、俺、生田一星っていいます」

顎をくいっと上げて力強くそう言った。父親の後ろでガタンと椅子が倒れる音がする。綴先輩が立ち上がった衝撃だった。そして、「一星」と俺の名を呼んだ。
それだけで力がもらえた気がした。

「いっ、生田くん、どうしたの、何しにきたの」

何しにきたの?そんなの決まっている。


「理解したくないじゃなくて、秋斗のこと理解する能力がねえんだろ」

父親の瞳がその言葉で怒りを宿した。俺はニヤッと笑う。

「無様なもんだよな、医者のくせに、頭いいくせに息子の本当の気持ちさえ理解できない無能が戯言ぬかしやがって。それっぽいこと言って正当化してるけど、ただのぽんこつパパじゃねえか!」

怒りで震える手が俺の胸ぐらを掴んだ。しまった、煽りすぎた。だけど、感情は爆発したら止まらないのを俺はよく知っている。

「何様だ、お前が秋斗の何を知っているというんだ」

「努力家で、誰にも媚びなくて、自分を持ってて、一途で、かっこよくて、そんでもって表情には出さないけど本当は色々悩んでて、行動一つ一つに意味があって、人を簡単には見離したりしない、それから」

「…もういい、一星」